西洋近代は実験科学とともに発展しました。
それを支えたのが、デカルトニュートンの考え方なのです。
一言で言えば、科学的とは、実験により証明でき、条件を整えれば誰でも再現できることなので、人類の共有財産になることをいいます。
事実我々の生活は、産業革命以来の300年で、急速に豊かになり、昔の王侯貴族でも体験できないような、文明の恩恵を受けています。
同時にその反映はSDGsで問題になるような、様々な問題を生みました。
面白いのは、その限界を明らかにしたのは、その西洋の科学であり、その科学の王と呼ばれた、物理学の分野の発見でした。
ニュートン力学の限界を明らかにしたのが、アインシュタインの相対性理論で、観測の客観性という科学の手法の限界を明らかにしたのは、量子力学でした。
更に、デカルトの要素還元主義=機械はバラバラに分解し、また組み立てることができる。それは、それぞれの部品は相互に関係ないので、故障すれば取りかえれば済む。・・という考え方が通用しない世界です。
それぞれの部分は相互に影響しあい、響き合って全体を構成している、生物の世界、あるいは経済・人間の組織の世界を扱う「複雑系の科学」が台頭してきました。
驚いたのは、このような20世紀の最先端科学の成果を2000年以上前の東洋の哲学が予言しているように思えることです。
私は、東洋の哲学といっても、仏教を門外漢として独学にしただけですが、仏教の中の、禅だけでも、西洋の対話の文明とは全く違う、瞑想による、自己に潜り込んでいく無言の内省と公案と呼ばれる、超論理的な「禅問答」を学びました。
かいつまんで言えば、かつて左脳と右脳といい、左脳が傷つくと言葉が話せなくなり、
右脳が傷ついても差し支えがないことから、左脳が優位脳と言われました。しかし、やがて右脳の直感、全体把握などその重要性が、再認識されたのに似ています。
西洋近代は左脳であり、東洋は右脳的だと言えます。
地球全体で、東西バランスをとって、人類は成熟していくのが、21世紀だと思います。
さて、いささか、抽象的に走りすぎました。
また、来週から人間の対話から転じて少し、「質問によるセールス」の話をしたいと思います。


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