現代版 正見

みなさんは、信仰を持っていらっしやいますか。

政治と信仰の話をすると、友人を失うと言われましたが、
最近は、割合話題に成るようです。

衆議院選挙の速報が流れている頃でしょうが
此の文章を書いている時間では、まだ投票していません。

きっと、自民党が強く
安倍政権は、4年間の一任を得たという論理で進むつもりでしょう。

そもそも、信仰を持つということは
何かを信じるかどうかです。

キリスト教について知っている、あるいは学んでいる、さらに尊敬している
ということと、
キリスト教を信じている

ということは、はっきり違います。

キリスト教を信ずるということは、
キリストが神の子デアリ、その証として
十字架にかかって蘇ったということを信じるかどうか

そこにかかっている気がします。

それでは、仏教を信じるかどうかですが、
仏教の場合、お釈迦様は、80歳まで生きて
静かに死んでゆくので
そのことにはなんの、奇跡的なことはありません。

それでは、何が信じるか否かと問われるかというと

ゴータマと云う35歳のインドの青年が
12月8日の朝、暁の明星を見て、悟りを開いた

その悟りとは
生涯のすべてをかけても追求するべき

至上のものだ

ということを信じるか否かです。

曹洞宗国際センターの藤田一照さんは飾らないフランクな方で
理路整然、あまり、禅的にぶっ飛んだ事は言わない人ですが

(そのうちに、現代風に説明できるようになったら
 ぶっ飛んでいる禅の公案の武田訳をやりたいのですが)

「どんなに成功してお金儲けをしても、どうせ死んじゃって
 ご破産になっちゃうんだから、功利的に考えても
 悟りを目指したほうが得だと思うんだけど・・」

と、本当に不思議そうに云っていました。

そのような意味で、私も仏教徒です。

私は、釈迦が悟ったことを信じ

自分もまた、八正道の実践の中で、悟れる可能性があると
信じます。

それでは、悟りとはなにかです。

ブッダは、明けの明星を見て、
自分とあの星はひとつだと感じ悟りを開いたと伝えられます。

仏教の根本理念は

四諦/八正道/十二因縁と言われますが

究極は 空 の概念だと思います

仏教の悟り

究極の原理「空」とは

時空を超えることだと思います。

私たちの感覚器官は完全ではありません。

ご承知の通り、見えない色もあり、
聞こえない音もあります

私たちは、この世界を三次元空間と一次元の時間でしか
捉えられません。

悟りとはその通常の感覚を超える認識で

宇宙をまるごと感じ取る体験だと考えると
辻褄が合うのです


すべては、ひとつ・・

次回はその意味を考えます。 

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