王道塾 西洋の神と日本の武士道

哲学

かつて、横井小楠は、「西洋の学は、実学ばかりで、心学がない。あれでは、西洋の戦争はやむことがないだろう。」と喝破しました。

彼は実学の重要性はよく理解していたから、実学を軽視していたわけではありません。
そうではありませんが、人としてどうあるべきか、という儒教の精神、古代の王道政治を重んじ、学問と政治の一致を目指した人です。

1809年に生まれ明治新政府の精神的指導者になるはずでしたが、1869年暗殺されたマックスウエーバーは、1864年に生まれ
1920年まで生きました。

彼が書いたのが、いわば西洋の心学「プロテスタンティズムと資本主義の精神」でした。キリスト教の中のプロテスタントは、神との誓約を重んじ、質素倹約し、勤勉で、無駄なぜいたくはせず、稼ぎ出した、お金を仕事のために再投資する。これが近代資本主義を支えるという考えです。すべての規範が神との契約に発しています。

旧約聖書は、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教という世界宗教がバイブルとしていますが、その中で、モーセが神と契約します。
10戒の中で、人間と神の契約が5つ、人間生活の規範が5つでできています。

日本の武士道は、書かれた規則はない
日本の神道には、書かれた経文はない

ただ、長い歴史の中で、無言の規律が存在します。それは生き方であり、内心のものであり、外との約束だから守らないと罰せられるというものではありません。規則ではなく、らしさであり、そんなことをすると恥ずかしいという、内側からのものなのです。

私は、日本人はそのような基準を持っていると思いますが、日々弱まり、忘れられつつあると心配しています。

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