王道塾:仏教

世界観

皆さんは仏教というと何を思い浮かべるでしょうか。

芥川龍之介にクモの糸という小説があり、そこには美しい天国と醜い地獄が描かれています。

また日本人のほとんどは、何らかの仏教宗派に属しています。例えば私の家は浄土真宗、かみさんの家は曹洞宗で、読むお経が違います。

法然、親鸞、日蓮、道元という偉いお坊さんは大体鎌倉時代に出て、現在の日本仏教のもととなっています。現代になっても、創価学会や天理教などが誕生し、果ては幸福の科学や、恐ろしいオウム真理教まで、仏教の流れを主張しています。

仏教の開祖お釈迦様は、いったい何を解かれたのでしょうか。
仏教は迷信で現代社会に役に立たないものでしょうか。

私はお釈迦様は何一つ、非科学的なことは言わず、実に明晰に合理的に宇宙の真理を解いたのだと思っています。

その根本は、諸行無常、諸法無我、一切皆苦という三法印と呼ばれるものです。

諸行無常とは、この世の一切のものはとどまるところなく、刻々と移り行くというような意味です。これは否定しようがない現実でしょう。

次は、それぞれ移りゆくものは相互に影響しあい、響きあって活動しているので、それ自体流れの外にあって他のものによらず、存在することのできるものはなに一つありません。

それは我々の精神も例外ではないということです。

この諸法無我の「我」という言葉は、サンスクリット語のアートマンという言葉の漢訳でヒンズー教の教義にある、何物にも影響されず独立して存在する魂というような意味です。デカルトの「われ思うゆえにわれあり」の我と同じといえます。

普通の人間は物心ついてからこの「我」というものを抱えて生きています。

自分が人より劣っているとか、優れているとか、不細工だとか背が高いとか、頭が良いとか悪いとか・・成功したとか失敗したとか、毀誉褒貶限りがありません。

それを「苦」という、諸行無常、一切のものが流れ変化していくという第一条を受け入れるなら、我というものも、関係と条件により存在する現象で、独立不変なものではありえないというのも、論理の必然なのだと思います。

ところが、そう思えず自分の思う通りに周りを動かそうとすると、そのようにはならないので、苦しむことになる、ということなのです。

仏教が合理的な思考法だというのが、私の意見ですが、現代科学はアートマンの思想に立脚しているということを来週話そうと思います。

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