富は屋を潤し、徳は身を潤す、心広く、体ゆたかなり。
富を得れば家が快適になるように、徳を得れば、自分自身を豊かにできる。心広く体ものびやかになる。
徳は本なり。財は末なり。本を外にして、末を内に求めれば、民を争わしめ、奪うことを施す。
上に立つものが、財を優先し、徳を後にすれば、下のものもみなそれを見習い、利益を求めて争うことがやまない。
心ここにあらざれば、視ても見えず、聴いても聞こえず、食らいても味をしらず。
心が散漫な状態では、視ても真実が見えず、聴いても意味がわからず、食べても味わうことができない。
以上「大学」の一節ですが江戸時代は三歳くらいから、家の中で「素読」といい=「百字百回」、意味は後回しにしてとにかく声に出して読むのです。
歌と同じで、声に出して100回も繰り返すと、唇が覚えているようになります。その意味を教わるのは、寺子屋に通う6歳くらいからです。その意味を教わると、「自分はこんなすごいことをすでに知っているんだ」と自信を持ちます。
何をやるかというと、『四書』『大学』『孟子』『論語』『中庸』ですが、全部合わせて52000字あります。
これを100回くり替えしても、2年くらいで終わります。
つまり江戸時代の庶民は6歳のころには、四書を暗記していたのです。
来週は論語を紹介します。


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