その罪果たしていずれにあるや
教師と生徒の情義が薄い
かつての孔子の弟子、日本の漢学の子弟。
みわたせばイギリス人の学問の子弟のごときは、きちんとしているようです。過渡期のため、にわか仕立ての先生が多いといえばやむを得ないかもしれませんが、いやしくも教授たるもの、徳望、才能、学問、人格がもう一層すすまねば、その子弟をして敬虔の念を起こさしめることはできない。
一方生徒の方も、十分敬うという関係が必要です。
理論よりも実際
今の学問はあまりに知識偏重であり、徳育の方が欠けているように思います。
文明の進歩というものは、政治、経済、軍事、商工業、学芸などが、ことごとく進んで、初めて見ることができます。しかるに、日本では商工業が久しく閑却し、顧みられずにありました。我が国の実業教育は、せくがままに、理知の一方にのみ重きを置き、規律、人格、徳義であるという事が豪も顧みられません。
軍事においては、規律服務、一般的統一が整然厳格に行われ、立派な人格の士を見受けるのも非常に頼もしくあります。
実業界に立つものは、さらに、自由ということ尊ぶ必要があります。実業の方では、軍事の事務のごとくいちいち命令を待っていては、好機を逃がすのです。
その結果ただ智ヘ、智へと傾いて行っては己の利益とのみ追うて、孟子の「上下こもごも、利を取りて國危うし」となります。
実業教育においても、知育徳育の併行が大事です。


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