パーリー語のサティをマインドフルネスと英語の訳したのは
19世紀のインドに渡ったイギリス人だが
1987アメリカに伝えたのはティクナットハン師
テイクナットハン師は元々の仏教の悟りのための修行
八正道の第七 正念の意味を踏まえて、紹介している。
カバットジン教授は現代アメリカ人の悩み苦痛を救うため
アメリカ人に実行しやすいよう実用化している。
カバットジンさんにも、本来のマインドフルネスには
現在の手法からは欠落している
大事なものがあるとは伝えている
それが、「不忘念」という概念なのだ
お釈迦様の遺言ともいわれる
(仏遺教経)に伝えられ、
曹洞宗の宗祖道元禅師も
(正法眼蔵八大人覚)のなかに
仏、のたまわく・・・とほとんど原文のまま
引用している
不忘念とは、念を忘れるなということ
法を守って 忘れなければ、五欲に襲われることはない
という意味なのだが
正念とはサンマー(正)サティ(念)
四念処に、注意を向けて常に今の状態に気づいていること
四念処とは 身(身体)・受(感覚器官)・心(意識状態)法
(潜在意識)
八正道の七番目が正念
無明を知る 第一 正見から
第二 正思惟 世俗五欲を離れる修行
これを続ける思考が 正念 第七
これによる正しい集中の維持が、第八番目の 正定
マインドフルネスは
このような、悟りを得るための修行のプロセスの一部で
単体のスキルではなかった
全ては、空の思想を忘れないということにかかっている
しかし、宗教思想を離れトレーニング可能なスキル
あるいは、プログラムと言う
現代アメリカ版マインドフルネスは
気をつけている 「主体」 が
近代的なデカルトの「我」のままのようだ
忘れるなというのは
(我)というものは、(空)であるという
事を忘れないということが原点のはずなのだ!
実は、このような表現はしていませんが
このような意味のことを伝えたかったのだと思います。
次回は仏教が一般の宗教と違い
いかに現実直視で、論理的合理的かというくだりです。

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