真理を追究するのを科学といいます。18世紀西洋で発展した実験科学は、一度発見されれば、誰がやっても同じ結果が出て、実用に応用される技術となるので、瞬く間に人類の共有財産となり、世界を工業化しました。
その考え方の基本は、デカルトニュートンパラダイム、要素還元主義と呼ばれ、あらゆる学問、生物学、心理学、社会学、経済学、経営学にも応用されました。
しかし、20世紀になると、その学問の王と呼ばれた物理学から
光は、波であると同時に粒子である。とか、位置と運動量は同時に測れない。とか、ホログラムでは小さな部分にも全体の情報が含まれる。とか、時間と空間は同じもの。だとか・・という発見があり、その足元が揺らいだのです。
宇宙の構造が、デカルト・ニュートンのパラダイムだけでは、説明できないことが明らかになってきました。それは、人間の観察の力が、みずから作り出した科学技術により、人間の
生理的限界をはるかに超えたからです。
人間の尺度とは
背の高さ 1.5メートルから2メートルぐらい
走る速さ 100メートル 10秒から20秒ぐらい
対応できる温度 10度から30度くらい
目に見えて、認識できる光の波長(可視光線の範囲1mmの1000分の4くらい)
耳に聞こえる音の波長(可聴域20hzから2000hz)
これらの範囲では、ニュートンの力学は問題なく機能します。日常生活に、アインシュタインを持ち込むのは現実的ではありません。
人間の科学技術は、電子顕微鏡、を開発し分子を見ることができ、電波望遠鏡で、星の彼方を観測できるようになりました。
光の速さ(秒速30万km)は人間の日常生活では無限とみなしても問題ないぐらい日常の人間尺度から離れています。(人間の走る速さ、100メートル10秒として、秒速10メートルに対し、3000万倍)また原子の大きさ、のレベルも同様に人間尺度から離れています。
(0.1ナノメートル 1000万分の1ミリメートル)
実際にアインシュタインの方程式は光速を無限とみなせば、光の到達時間はゼロになり、ニュートンの運動方程式と一致するのです。
質量✕少しの距離(d2r)÷少しの時間(dt2)=F(微分の考え方)
質量✕距離=F「力」
そして、人間と動物を分けるもの、「言葉」もまた、宇宙の真理を表現するものではなく、人間の生活の便利のためにあります。
時間をゼロにすると言うのは、方程式の変数を一つ、なくすことです。
立体三次元の縦横高さの3つの次元をそれぞれ変数とみなせば、
一つの変数をゼロにする、高さゼロと言うのは、平面で、二次元になります。
つまり変数を一つ減らすということは、次元を一つ下げるということです。
これが、アインシュタインの言う、「問題は提出された次元では解決できない」という言葉の意味だと思います。
ニュートンの物理学は、アインシュタインの相対性理論により否定されたのではありません。
ニュートンの運動方程式は人間の日常生活には十分活かせるのです。
しかし自然の摂理は人間の尺度、人間の都合だけに合わせたものでないことは、
人間自身によって明らかになってきました。
そして、自然の摂理がそのまま、あらわれているのが、生命なのです。
例えば、人間が細胞を観察しようとすると、一旦細胞を凍らすか、固めるかして動きを止め
切断して輪切りにし、色で染めて拡大して観察しました。
つまり、一旦殺すのです。
ようやく最近になって、立体的に、(活きたまま)細胞や蛋白高分子による、メッセンジャー物質や酵素を観察できるようになりました。
21世紀の自然科学は、さらに発展し、生きたシステム、生命、人間心理、生活、社会集団、経営、国家運営に、過去の科学をすべて包摂する新たな科学による真理を明らかにすると思います。


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