みなさん、昨年は、ご愛読ありがとうございました。
今年も、何か役に立てればと思います。
平成無敵流という、流派があることを、
以前、聞いたことがあります。
高野佐三郎という昭和初期の剣道の達人がいて
その、孫という人から聞いた話です。
その方が、子供の頃、おじいちゃんが若い弟子に
稽古をつけるところを見学したそうです。
おじいちやんは、年寄りで、さすがに、力も衰え
スピードもなく・・
若くて、すごい稽古をしている、第一線の剣士には、
実力では負けてしまうのではないか・・と思ってみていると
凄まじい気合と、すごいスピードで打ち込む
若者の竹刀を、悠々とさばき、
ゆったりとした動作にしか見えないのに
確実に打ち込む・・
何度か繰り返すうちに、とうとう、若い剣士は
全く闘志を失って、
「まいりました」
・・・・・・・
不思議に思って、聞いてみたそうです。
「なんで、あんなにゆっくりと打ち込むのに
相手は、逃げることができないの・・」
「なに、相手と気持ちがひとつになれば、
自分で自分の頭を叩くようなもので、
簡単なことなんだよ」
これが、主客合一という境地なのだと思うのです。
平成とは平らかに成る
無敵とは、敵は無いという意味だそうです。
さて、このような殺し合いですら
相手の気持ちとひとつになれば、
自在の境地になる
人間の気持ちで、さあ、ここに打ち込むぞと決めて
運動神経から筋肉に伝わり、
動作になるには、0,5秒ぐらいの差があるそうで
さらに一度、動きを起こすと、
途中で変更することは、容易なことではなく・・・
そのように理屈をつけると、わからないではないのです
合気道では、相手の行こうとする方に
行かせる・・と聞いたことがあります。
そうであれば、殺し合いではなく、交渉の場で
相手の行きたい方向、を理解し
その関係を自在にすることも可能なはずです。
人は、なぜ、感情を動かし
動機づけられ、
行動を決意するのでしょう
私の感覚では、相手をあやつるのではなく
相手との関係を自在にするのです。
それが「場」の論理のはずです。
次回は「場」について考えます

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