論語と算盤 part40 人生観の両面

渋沢は、『客観的人生』と『主観的人生』
ということをいいます。

『客観的人生』とは、世のため人のため、
それぞれの役割に応じて、全力を尽くす。

この場合、社会は主であり、
各個人は賓と心得ているので、
『客観的人生』といいます。

『主観的人生』とは、
自分は自分のために生まれたのであるから、
自分のために物事を計らう。
自分の利益になることはやるが、
人のため、社会のためには余計なことはしない。
このような生き方は、
社会や人は賓となるので、『主観的人生』といいます。
渋沢は、もし後者の、
『自己中心的人生観』を押し通せば、
国家社会はおのずから粗野になり、
ついには救うべからず衰退になるに違いありません。
それに対し、前者のごとき主義で行けば、
国家社会は必ず理想的なものになるに違いありません。
それ故、渋沢は『客観的人生』をとるといいます。
孔子に
「仁者は、己れ立たんと欲して先ず人を立て、
    己を達せんと欲して先ず人を達す」

といってあります。
これは見方によっては、
交換的かけひきのように見えるかもしれませんが、
孔子の真意は、そのような交換的な
卑屈なものではなく、
君子たるものの事を運ぶ順序の覚悟で、
このようにしても、
必ず自分のやるべきことはなるという考えだと思います。
さて、以上は100年ほど前の渋沢の考えですが、
現在の日本はどうでしょうか?

生き馬の目を抜くという言葉がありますが、
少しでも油断すると、そこに付け込み、
自分の利益にしようと狙っている人もいます。
そうでない人も、もちろんたくさんいますが、
普通の人は、自ら動こうとしません。

私も、基本的には、
人間は、世のため、人のために生きる。
と考えていますが、
それが、社会の主義となるには
どうすればよいのでしょうか・・
来週も渋沢の考えを、追おうと思います。

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