お釈迦様は、私の知る限り
あまり、非科学的な話をしません。
それなのに、悟りを得て、
それを、伝道しようと決意され
6年間一緒に、修行した、5人の修行僧に語りかけるとき
「我はすでに不死を証得せり」
と語りかけたそうです。
全てのものは、原因と結果の連鎖であり、
全ては無常である
という、仏教の根本の教えに対し
「不死」とは!
仏教の本を読むと
「生」が、老・病・死とともに、「苦」であるのは
無知と欲望と執着によって、生が成立するのだから
その、欲望に振り回されること、執着することから
解放されれば、「生」の「苦」から解放される。
この「苦」なる「生」をサンサーラといい
また転生輪廻も同じサンサーラという。
現世の「生」の「苦」から脱することができるなら
そのまま、生まれ変わり死に変り、永遠に苦しみ続ける
輪廻転生からも離脱することになる。
今という時点において、
生の苦から脱し
永遠に連なると感得された
自己であるなら、
再生など必要ないので、
不死を得た、ということができるというのですが・・・
何か、迫力にかけます。
悟りというのは、もっとすごいモノのような気がするのです。
私は、
釈迦は、外界からの刺激を離れ、自己の内面に沈んでいった。
彼は、徹底していたので、自己催眠も、深く、さらに深く
前世の記憶を遡るのは当然、
DNAの記憶から、人類共通の潜在意識をさぐり
さらに生命全体を遡り、
生命誕生から誕生以前まで遡って、
その生命が生まれる、宇宙の法則を体現し・・
137億年前の、宇宙の誕生の瞬間まで遡った。
目前にあるもの全てかたちあるものは
原因結果の連鎖である、「現象」である
「現象」は条件によって起こる
「現象」は時間とともに起こる
「現象」は「今」によって観測される
しかし、時間を超えて・・宇宙・4次元時空は一体である。
この4次元時空がひとつのものであり、
その、中核と私に意識は繋がっているのだが、
我々の通常・感覚器官は制限されていて、
「現在」という時点でしか世界が捉えられないが
感覚器官からの情報ではなく
内面の直感なら
宇宙開闢から未来まで、
4次元宇宙はひとつであると感得できる。
これを、理論ではなく、
実感として、体得することを
悟りという
時間を超えて自在に生きるなら
これは、不死を得た、ということである。
これは、私流の時間論でもあります。
来週は今年最後、このような考え方が
日常生活に、活かせるのでしょうか・・考えます。

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