513 論語と算盤 part38 道徳は進化すべきか

渋沢は語ります。

道徳という文字は、中国古代の唐虞の時代より、
「王者の道」のことを言いました。

したがって、古くからある言葉であろう。

中国の唱える24孝というのがあり、
親に孝行する方法を24通りにわたり並べていますが、
いくらなんでもそれはおかしいというものも散見されます。
おそらくは、実話を集めたというようなものではなく、
極端な例え話を並べ、
なんとか少しでも親に孝行するよう、
しむけたにちがいありません。

進化論によれば、すべての生き物は、
時代とともに、進化して姿を変え
今日に至るといいます。
古きものは、時代とともに
新しいものに進化するのが、
自然の法則だと言うのです。

そうであれば、
「道徳」もまた時代とともに変わるべきなのでしょうか?
仁義などということは、東洋に限らず、
西洋の聖賢もまた数千年前から、同じように言われています。

そうだとすれば、道徳は、洋の東西を問わず、古今を問わず、
人間にとって普遍的なものだろうと言えるでしょう。

以下は私の感想ですが・・

科学は日進月歩ですが、
一方、人間性というものは
昔より退化しているのではないか?
人間が動物と一線を画すのは
社会文明を築きあげたからで、
それを維持するには一人の力ではどうにもならず、
「社会全体」と「未来に」責任を感じる必要があります。

今さえ良ければ良い、自分さえ良ければ良い。というのは、
猿に退化したと言われても仕方ないのではない。

次週は少し論語から離れ、
ポスト資本主義の社会について書いてみます。

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