論語と算盤 part33 義理合一の信念を確立せよ

渋沢は、この項で、幸徳事件に触れています。

幸徳秋水という社会主義者が
明治天皇暗殺未遂事件をきっかけとして
弾圧され処刑されたのは、1910年頃です。

「世界の文明を取り入れた我が国は
 かつてない繁栄の反動で、
 かつてない危険思想も生まれた。

 それを防ぐには、緊急対応と、
 原因治療があるが、我々は実業家は
 原因治療に取り組むべきだ。
 本来の儒教は「義利合一」だが、
 孟子など後世の学者が

「計を用い、数を用うるは、たとい功業を立てうるも、
 只是人欲の私にして聖賢の作処とは天地隔絶す」

 というこの考えでは、
 仁義道徳は仙人じみた人の行うことで、
 利用厚生に、身を投じるものは
 仁義道徳をよそにして構わぬということになる。

 その結果、実業家の精神はほとんど利己主義となり、
 自分さえ儲ければ、他人や世間はどうなろうと構わぬという有様で、
 将来貧富の差はますます激しくなり、
 社会はいよいよあさましくなると考えられる・・
 その結果が幸徳事件だから、実業家の罪は重い。
 富みながら仁義を行う例は数多くある。
 義理合一に関する疑念は今日直ちに根本から一掃せなばならぬ。」
この渋沢の言葉から110年、
彼の知らない第二次大戦を経て
戦後の日本は一時、エコノミックアニマルと呼ばれ、
経済的には大成功しました・・
そして今、世界は、浅ましい状態にあるように思います。
もちろん、「義理合一」は、本当だと思います。

しかし、それは自然に任せてなるものではないはずです。
人間は、生まれたときは動物でしかありません。

ゴリラやチンパンジーと比べ、知能の点でも体力の点でも
優れているわけではありません。

人間は、ただ教育によって人間になります。
心学と呼ばれる、学問が幼児の頃から不可欠なはずです。

それでは、心学とは何か、人間の学問とはなにか・・

引き続き渋沢を追いかけたいと思います。

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