金持ちは天国に行けるのか

渋沢は金持ちでした。

岩崎弥太郎ほどではなかったと思いますが、
かなりの金持ちでした。

彼は、いわゆる守銭奴ではありません。

500以上の企業、600以上の団体のトップを努めましたが、
まともに給与を取ったのは、最初に創った第一銀行だけといいます。

彼は自分の生き方の基本を、論語に求めました。
聖書だったら守れなかったかもといっていますが、
聖書には、金持ちが天国に行くのは、
ラクダが針のお穴を通るより、難しいとあります。

論語には、実際的な生き方が書いてあるというのです。

渋沢は、仁義道徳と、利益を求める
創意工夫の、バランスを求めます。
仁義道徳一辺倒では、国ごと元気を失います。
宋が滅亡し、蒙古に征服されたのはその例といえるでしょう。

利益のみに走り、自分さえ良ければよいのでは、争いはやみません。

元が滅びたのは、国家などどうでも良い、
皆が自分さえ良ければと、行動した結果だといいます。

渋沢は、例えば駅の改札で、
我先にと全員が争えば、誰も通れないといいます。

なるほどと思います。

うまい例えで、
仁義道徳相並んでいくといいますが、
このバランスというのはどう判断するのでしょうか?

自分の人生を振り返ってみても、
あの時この時、判断に迷う時は
なぜか、損得を取るか、
人としてあるべき道を選ぶかといいます。

二者択一のような気がします。

なぜなら、利益損得と仁義道徳両立するなら
判断に迷うはずがありません。

もう少し読み進めて、ポイントを見つけてみたいと思います。

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