491 論語と算盤 part30 正邪の判別

判断を求められるとき、
この判断は正しいのか、それとも間違っているのか、
迷わされることは、誰にでもあります。
渋沢は、その判断の根拠として、
常識に照らせといいます。
常識というと、いかにも平凡で、
つまらないもののように思われるかもしれませんが、
渋沢の常識は儒教的、中庸というようなものです。

その常識に照らせば、
目先の結果は良いように思われますが、
後日のは問題が起こるだろう、
などということが、明瞭になるといいます。

渋沢のいう「常識」=儒教的中庸と私が名付けたもの
(ちなみに、中庸とは通常は仏教の中道をいうのだが)
は、その中心に、孝悌忠信がいるといいます。
孝悌忠信は、儒教の根本思想で、
親など目上の人に、真心を持って仕えることをいいます。

忠は心の誠実、
信は言葉の誠実を指しています。

翻って、正邪の判別のために、孝悌忠信をおくとは、
物事の秩序を基準に、誠実に判断するということでしょう。

こう書いてきても、儒教というのは、保守的で、
現体制を保護する思想という気がします。

しかし、それほど、古臭く、
現状維持というだけではないようです。

来週は、渋沢より、さかのぼって、二宮尊徳を紹介します。

コメント