渋沢は、500もの会社を作り、
600の学校などの公共機関を作りました。
当然、すごく多忙だっただろうに、
訪ねてくる人には、どんな人にも必ず会い、
来た手紙には必ず目を通しました。
その上、道理が通ると思えば、自分のことと関係なくとも
可能な限り手を貸したので、
より一層千客万来となります。
当然中には金目当ての、自分勝手な怪しい人物もいます。
そのような訳で、渋沢の名声や信用が傷つくことを心配する人もいて
「あなたは、論語を信条とすると言いながら、
あなたの元に出入りする人間の中には、礼儀をわきまえず、
仁義を心得ない、甚だ儒教の精神から遠い輩もいる・・・。
なぜあのようなものたちの出入りを許すのか、真意を伺いたい。」
という人もいました。
彼が、自分の信用やグループ企業の利益中心に考えていたなら、
その通りでしょう。
しかし、渋沢は、日本のために、国家の中枢で働くことをやめ、
欧米諸国の発展は、民間の商業力にあると信じ、そのため、
民間で多数の会社を作ってきました。
彼が作った多数の会社で、トップとしての報酬を得たのは、
第一銀行だけだというから驚きます。
自分のため一族のためでなく、日本のためになるかが基準なのです。
まさに、公のために働く、真の公務員であったようです。
私も色々個性的な人間とも付き合います。
渋沢の見識よりはだいぶ落ちますが、
誰だって人間、完全な人は一人もいません。
「その人の良いところを見て付き合う」というのが、
私の流儀で、可能な限り多くの人の役に立ちたいと思っています。

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