七施

横井小楠が西洋の学は、事業の学だけで
心徳の学がありません。
これでは西洋では戦争の止むことがないと言った
といいます。
今の日本人はどうでしょうか?

そもそも、心徳とはなんでしょうか?

昔、倫理、道徳という授業がありましたが、
未熟な私には、退屈なだけでした。

中村哲というお医者さんが、アフガニスタンで運河を造り、

無医村をまわり、自分はセロ弾きのゴーシュのようなものだ
と言っていたといいます。

2019年凶弾に倒れましたが、彼のおじいさんとおばあさんが、
『花と龍』という小説の主人公【玉井金五郎・マン】夫婦でした。

中村哲さんは、小さな頃から、
「人のために約にたたねばならん」と教えられたといいます。
きっと、明治の日本人の生き様が刷り込まれていたのでしょう。

西洋の道徳は、基本キリスト教や、イスラム教などの
宗教によるものだと思います。

神がいて、神と人間が契約をする。
契約を守れば天国へ、破れば地獄へ・・
ある意味合理的な取引です。
東洋の宗教、特に仏教は違います。

人間は自分の浅知恵で、世界を観ています。

宇宙の中心は自分で、まず自分がいて、
自分の欲望を満たすために策を練ります。

しかし、本当の宇宙は、
全ては他によって支えられ、
自分だけで独立して存在するものはなにもありません。

相互の関係性の中で、あらゆるものが移ろいゆきます。

それなのに、人間の自我は、自分だけは、
他が変化しても変化しないと思っています。
自我は、自分のみるもの全てが幻でも、
そのことを考えている自分だけは
他の物によらず、存在していると思う、
コギト エルゴ スム 思うゆえに我あり です。
そうではなく、他があってこそ自分があると
心の底から納得すること、
これが、心徳を養う学なのです。

布施というと、お坊さんに上げるお礼のように思いますが、
あれは、お坊さんのためではなく、
渡す側、我々のためなのです。
自分の大事なものを人に差し上げることで、
自分の自我・欲心を抑える修行ですが、
まず、財施、自分が貴重だと信じている金銭を差し出します。
そして、法施、仏法の教えを説きます。
無畏施、災害災難にあった人を助ける、ということが基本ですが、
それ以外に、無財の七施というものがあります。
お金がなくとも普段出来る、
人に差し上げることのできるもの

1、眼施 
 優しいまなざし

2、和顔悦色施 
 優しい笑顔

3、言辞施

 優しい共鳴の言葉

4、身施
 立って礼拝 体を使ってする奉仕

5、心施
 共振する柔らかな心

6、床座施
 席を譲る

7、房舎施
 宿を貸す

これをみんなでやれば、それだけで
日本は良い国になると思います。

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