どのような科学が必要か

現在の帰納法・・
ベーコンによるたくさんの事実を観測し、
その数を数え、そこから法則性を発見し、
他の人間がその条件でやり直してみて確認する・・
この方法が現代文明を作り上げたことは確かです。
その限界は、
1.観察できないことには使えない・・

目に見えないものをなんとか見えるようにする。
細胞を薄く切り取り、色素でそめる。
空気を分析し、成分を調べる。
ウィルスの存在を確かめるため、100万倍に増殖する・・etc
しかし、愛は見えません。
心の中は見えません。
景気も見えません。

観測できないものはたくさんあります。

ただ見るだけではなく、定量化すること。
多いのではなく、どれくらい多いのか。
10個なのか、100個なのか、1000個なのか・・数えます。
しかし、数えるということは、
つながっている全体から切り離して数える
ということになります。
機械は分解し、また組み立てて動かすことが出来ますが
生き物は、分解したら死んでしまいます。
同じ状態を再現できない場合もあります・・
歴史は繰り返さない・・

あらゆる生命は、
自分の行動の結果が自分自身に帰ってきて、
自分自身を形作ります。
人間は、食べたものにより
太ったり痩せたたりし、
読んだ本に影響を受け、
人生経験によって、自分の人格を形成します。
すべての生命は、
二度と同じものが生まれることはありません。
全く同じものは2つとなく、
再現することはできません。
このような、帰納法の限界は
100匹の猫が黒でも、
101匹目場トラ猫なら
猫は黒いということは覆されます。
観測された事実に限りがある以上、
それ以外の事実が見つかる可能性は必ず残ります。

人間は有限な存在で、
その有限が、無限の自然に挑むのだから
限界があって当たり前と言えるのかもしれません。
2つの方法が考えられます。
ベーコンは、人間は不完全な存在だから
宇宙の真理を直感により掴むことはできない、
として、古代の直感による仮説を捨てました。
それでは、東洋の哲人は如何にして、
量子力学の世界を予言できたのか・・。

確かに私達個人は、宇宙の中の片隅にある
かけらのようなものかもしれません。

しかし、その意識ではなく、
潜在意識は、宇宙そのものにつながっているのではないか。
我を捨てるというのはそういうことではないか。

これが一つのアプローチでしょう。

しかし!

私は、現代に残された最大の謎の一つが
人間の心だと思っています。
なぜ、物質である炭素や水素、鉄やカルシウム、
ナトリウムから、アミノ酸が生まれ
アミノ酸からタンパク質が生まれ、
タンパク質から細胞が生まれるのか・・。

更に物質である細胞の塊・脳から、精神が生まれるのか・・。
今日現在、現代の科学は、
なんの答えも見出していません。

この世界は容易に直感の世界、
神の世界、オカルトの世界に飛躍します。
この世界を否定するのは大変困難であり、
魅力的な世界です。
自称超能力者と話したことがあります。
彼は死んだ奥さんと交信でき、アドバイスを
もらうというのですが、
「それは嘘だという証明は誰にも絶対にできない。」
と言っていたのを思い出します。
自分の心の中の出来事は、
他人に知ることは出来ません。
釈迦の生まれ変わりだというのが本当かどうか?

最終解脱者だということが本当なのか?

だから否定出来ません。
この思想は危険だと思います。
この方法は師匠がいます。
出来たかどうか、
出来た人だけが見極められるからです。

真理は存在するはずです。
その真理、誰も否定できない
お互い納得できる、拠り所があるから、
そこに、共同社会、互いに信頼し支え合う、
コミュ二ケーションが成立します。

互いに対話し、話し合い、
納得できる社会が成立するはずです。
そうでなければ、互いに競争し、先を争い、
もがきあう個人の集団があるだけになります。
2つ目の方法が複雑系だと考えます。

次回はその可能性を説明したいと思います。

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