それでも科学をよりどころに part2

アリストテレス論理学は、
三段論法と、その論理性を支えます。

同一律、矛盾律、排中律をその原理とし、
そのやり方を演繹法と呼びますが、
ベーコンは実験、観察、測定による帰納法を唱えました。

多くの事実からその共通法則を見つける方法です。

まず、観察します。
客観的であるため、
誰がやっても同じ結果が出るよう条件を整えます。
これを再現性といいます。

これが実験で、その結果を共有するため測定します。
この方法により発見された様々な知識や法則は、
近代科学として人類の共有財産となり、
今日の目覚ましい、物質文明社会を築き上げました。
この科学技術は400年に渡り、
世界中の人類がそれぞれ
独自に追試をし、確認したので、
確認された事実といえるでしょう。

ところが、この方法の限界が見えてきました。

まず、帰納法にしても、演繹法にしても、
原因と結果は一方通行です。

Aという原因があり、Bという結果があります。

アリストテレスはAからBを考えます。
ベーコンはBからAを考えますが、
A→Bという関係は変わりません。

このやり方は、天体の運動や、
射撃のときの着弾点の修正など、
原因と結果が、明瞭に分かれている
物質的な事柄には、うまく当てはまります。
ありとあらゆる実験は、
原因を探そうとするので、玉突きのように
元玉を探すために、
不純物を取り除き複数の要素を単純化します。

例えば、
真空で空気の抵抗を考えないものとするとか
摩擦はゼロとするとか・・
このやり方は計算のためというより、
世界は、それぞれの部分が本質的には関係なく
独立して存在しているという世界観に支えら得ています。
また、客観的ということは、
実験者がその実験に、恣意的に介入しません。
「もの」の法則を発見するためには、
実験する人間の意思が関係してはならないのです。
このような、条件からこの帰納法は、
人間の関わる系、生理学、心理学、医学、経営学・・

経済学、社会学、歴史学などのは向かないはずなのですが・・
実験科学の素晴らしい成果により、
これらの分野も(科学的)であるため
実験でき、観察でき、測定できます。
科学的方法が採用されました。
現在でも、科学的と認められる論文の形式は
三段論法であり、
帰納法か、演繹法しか認められていません。
しかし、そのような考え方に異論を提出したのが
物質科学の王と言われる
物理学からだったのが面白い。
三体問題という問題があります。

物理学の黎明期、ケプラーの法則により
太陽の周りを回る地球の軌道のように、
太陽と地球という二体の問題は解けます。

しかし、太陽、地球、月というような三体になると、
一般的には解けないという問題です。
それでは、互いに影響しあうものが
4つ以上ならどうしようもないということになります。
20世紀になると、
アインシュタインの相対性理論と
ニールスボーアやハイデルベルグの量子論が登場します。
この内容に立ち入るのは目的ではないので、
詳しく知りたい人はグーグルで調べていただくとして・・
その理論が世の中に出て、
インテリに衝撃を与え、新しい科学として受け入れられて
100年以上立つということが重要です。
そして、その一般相対性理論や
量子力学の世界が意味することが、
東洋哲学の世界とそっくりなのは、
世界最先端の物理学者の一致して認めるところです。
そのような、新しい科学は
例えば、アインシュタインの有名な方程式

エネルギーは質量に光の速度の2乗を掛けたもの
【E=MC2】

という式は、
ニュートンの運動方程式を否定しているのではなく、
光の到達速度をゼロとして、
光の速度が無限とすれば、
ニュートンの式とアインシュタインの式は一致します。
別の言い方をすれば、
光の速度が問題にならないような
我々人間の日常生活では、
ニュートンの方程式で十分なのです。
複雑系の科学は、
例えば、流体力学や、気象学で、
天気予報などに使われていると思いますが、
これから、おそらく医学の分野で大いに発展すると思われます。
原因が一つで、一方通行に反応が進み、
結果が予想ができるのは、例外的に単純な系です。

実際の世界は、原因が複数あり
反応はループのように戻ってきて、
最初の条件が少し違えば、結果は大きく違う、
予測の難しいものなのです。
経済や、経営や、人間の体がそうだと思われます。
次週、何故新しい科学が必要なのか、
またそれはどんなものか考えてみたいと思います。

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