自然に学ぶ

私達は教育というと、子供の事を考えます。
それも、基本的には知識を詰め込むことで、
どれだけ覚えたか、テストして優劣をつけます。

先人の書いた本から、あるいは先生から学ぶ。
模範解答があるのです。
今では幼稚園の頃から、良い小学校、良い塾に通い
良い中学良い高校、良い大学と・・競争は続きます。

そして良い就職、良い官庁、良い会社と、
今の幸せというものはなく
常に、現在の辛抱努力は、先の幸せにつながるという・・・

まるで、眼の前に、人参をぶら下げられて、
一生懸命走る馬のようです。

決して追いつくことはありません。

いつまでも幸せになれない・・

その競争を強制する・・

果たしてそれが、教育というものでしょうか。

この世で手に入る地位や名誉や財産は、
あの世に持っていくことは出来ません。
人生の目的が地位や名誉や財産であれば、
この世と別れる時に
この世に返さなければなりません。
私達はなんのために
この世に生まれてきたのでしょうか。

どうせ死んでしまうのに・・・。

ビクターフランクルは、ユダヤ人の心理学者で、
ベルリン大学の教授でした。

彼は、ナチスに家族ともども囚われ、
アウシュビッツに入れられました。

そして、家族はガス室で殺され・・
彼も見せしめのために拷問にあいました。
ナチスがその気になれば、いつでも彼を殺すことができ、
痛めつけることが出来たのです。
彼の肉体は、ナチスの看守の支配下にありましたが、
唯一、彼らが自由にできないものがありました。

彼の心です。
自分自身を惨めに出来るのは自分だけだ
親も兄弟もなんの罪もないのに、
屠殺場の豚のように殺されていく

そのようなひどい状況のなかで、
多くの人は「こんな人生にどんな意味があるのか」なげきます。
フランクルは、
人生の意味を問うのではなく
人生があなたの生き方を問うのだ
と言いました。

私は、この宇宙は真理そのものだと思います。
その真理を求めるために
人は短い一生を生きるのだと思います。

真理を求めると決意することを発心といい、
真理を求めることを求道といいます。
求道者は、この世の利得に惑わされてはなりません。
芸術、学者、宗教家、武道家、医師、
プロフェッショナルと呼ばれる人は
どこかでその誓いを立てました。
先人から学び、書物から学ぶのも学びですが、
この宇宙そのものが真理なのですから、
私達は心を澄ませば、自然から学べるはずです。
私達の肉体も又、大自然の一部なのですから
自分の肉体の声に耳を傾ければ、
又、学ぶことが出来るはずです。
人類の文明は偉大ですが、
人智を極めた人ほど、まだ及ばない
ということを知って謙虚であるはずです。

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