仏道の実践 鈴木正三と石田梅岩

予告通り、今週は鈴木正三と石田梅岩について書きます。
鈴木正三は41歳まで武士であり、
石田梅岩は45歳まで呉服屋の番頭でした。

つまり、若い頃から仏教の師について
僧としての修行を積んだわけではなく、
いわば、独学の人です。
鈴木正三は、徳川秀忠に仕えた旗本で、
三河以来という、名門の武士でした。
しかし、41歳の時「武士が嫌になった」と、
いきなり、自分で頭を剃ってしまいました。

当時、勝手に武士をやめて、仏門に入る
などということは許されることではなく、

周囲の人は困りましたが、
秀忠の機嫌の良い時を見はらかって、
「鈴木が道心をおこし、勝手に頭を剃って、仏門に入ってしまいました」
と報告すると、秀忠は笑って
「それは、道心と言うものではない、ただ隠居しただけだ」と許しました。
周囲は喜んで、息子にあとを継がせ
事なきを得たといいます。
その後、曹洞宗に参禅し、正式な僧となりましたが、
なにしろ、坊さん一筋ではないので
ユニークな人でした。

『万民徳用』という本は、
士農工商それぞれが、仕事をしながら、
仏道を励んでいる、という内容で、
仏門に入らなくとも、仏道は実践できるというものでした。
農民は、
世界の人々を養育する役を天から授けられたもので、
ただ人間の食物を作るだけで
大根の葉を食べる虫に餌を与えていると考えれば、
すべての命を育む大切な仕事
そのような大誓願を立てて、
迷いなく農業に励めば田畑も清浄な修行の場と成る。
と、まるで、現代のSDGsのようなことを言っています。
また、商業については、
商売をする人はまず、利益を上げる工夫をすることを修行するべし。
その修業とは卑しい小細工を弄すことなく
一筋に正直の道を学びなさい。
と、「信用第一」を教えています。
鈴木正三が亡くなった30年後、
1685年に生まれた石田梅岩は、
45歳のとき、いきなり、自宅の一室で、無料の塾を始めました。

男女職業を問わず、無料でしたが、
最初はほとんど人が集まらなかったといいます。 
やがてその教えが人の心をつかみ
門弟は400人を超えました。
商売の本質は、交換の仲介であり、
その重要性は、他の職分に何ら劣るものではない
と教えました。
何しろ45歳まで呉服屋の番頭だったので
商売の本質をよく知り、
「二重の利を取り甘き毒を喰らい自死するような事多かるべし」

「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり」
とその時代に、WIN-WINの概念を語り、
さらに、本業を、継続的に発展させる事により、
社会貢献するという正統派CSRの主張をしています。

仏教というと、まるですべての欲を捨て、
何もかも捨てるような考え方もありますが

鈴木大拙も、
「そんなものは枯死である」
真の仏法はもっと、イキイキとしたものだと言っています。
来週から日本的経営の強さとは何かを書いてみます。

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