最近、人工知能AIに対する議論が盛んですが、
人工生命もまた、コンピュータの世界です。
私は、高校を卒業し、
これからはコンピューターの時代だと思い、
新宿にある電子専門学校に通いましたが、
3ヶ月でやめました。
その頃はプログラムをパンチカードに穴を開けたり、
長いテープに穴を開けたり、
まさに、ある、ONか、無い、OFFという二進法の世界で・・
結局コンピューターというのは、
こちらがプログラムした通りにしか動けない、
言われた通りにしかできない機械にすぎない、
と見切りをつけたのです。
もしそうではない、と気づいていれば、
私の人生は大いに変わったでしょう。
その後10年経ち、
インベーダーゲームというのが流行りました。
このメルマガ読者の中には、
生まれてないよという人もいれば、
懐かしいという人もいるでしょう。
コンピュータの画面上に宇宙船のようなものが現れ、
それを狙って撃ち落とすという、
今の時代まで続く画面上のゲームの
最初の作品といってもいいでしょう。
更に10年経ち、日本ではバブルに浮かれている頃、
アメリカではサンタフェ研究所で、
人工生命が研究されていました。
しかし、これも、画面上で見れば
ゲームのようにしか見えないでしょう。
クレイグ・レナルズが開発したシミュレーションは、
ボイド(BIRDROID)「鳥もどき」と名づけられました。
彼がこのプログラムをつくったのは、
鳥や羊や魚の群れの行動の本質を追求するためでした。
「ボイド」と呼ばれる鳥に似た
自律的なエージェントの大集団を、
壁や障害物のたくさんある、
スクリーン上の環境においてみるというものでした。
それぞれのボイドは3つの簡単な規則に従って行動しました。
1、環境内にある他の物体との距離を、
ある最小値に保とうとする。
この他の物体には他のボイドも含まれる。
2、近くのボイド達と速度を合わせようとする。
3、近くのボイドたちの質量中心を知覚し、
そこへ向かって移動しようとする。
この3つの規則は《全体で群れを作れ》とはいっていません。
そうではなく、
近くのボイドや障害物と合わせて行動することを求めています。
この規則なら、
てんでんばらばらの行動をしても不思議ではありません。
しかし、コンピュータ画面上にバラバラにボイドをおいても
群れは必ず毎回形成され、
そのボイドたちは流れるように自然に行動し、
障害物を迂回して飛ぶことが出来ました。
あるときは、群れが2つに別れ、
障害物を周りから包み込むように迂回し、
最初から計画していたように
一つ合流するといったことさえありました。
またあるときは、一羽のボイドが柱に衝突し、
びっくりして方向を見失ったかのように
周囲をしばらく飛び回り、やがて、矢のように突き進んで
先に行っていた群れに合流しました。
これらは、「プログラム」された行動ではありませんでした!
私はここから、2つのすごい結論が導けると思います。
1、生命とは情報である・・
私達の肉体は、大部分が水で暖かく、柔らかく
傷つきやすい・・・
しかしその本質は、情報なのだなぜかといえば、
この肉体を構成する炭素や水素、窒素、
さらに鉄や亜鉛というミネラルも
毎日すごいスピードで入れ替わります。
6ヶ月もすると、物質はすべて入れ替わっているといいます。
とすると、「私」とはその原子の並び方・・つまり情報なのです。
2、生命とは群れがその本質ではないか・・
生命は親がいなければ存在しません。
配偶者がいなければコピー(子供)を作れない。
他の生物を食べなければ
(植物は水と光さえあれば成長繁殖するが)生きていけない。
つまり単独では存在できないのです。
私の考えは、また仏教の教えに戻ってきます。
この宇宙に、単独で存在できるものは何もない。
全ては他によって支えられています。
次週は同じ人工生命でも、
どのような環境で生命は誕生するのか
発生と繁殖について説明いたいと思います。

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