五輪書「火の巻」

五輪書は、学ぶべきところの多い書物ですが、
技術の事を語っているので、経験しなければ
わからないことがたくさんあります。



アメリカでマスターズの試合がありましたが、
それをTVでみて評論するのと
実際にゲームをするのとの違いです。




先日、中学からの付き合いですから
半世紀以上、合気道6段と言う親友に
同じ合気道6段の内閣府審議官、
健康医療戦略室次長、
江崎禎英氏が執筆中の、本の話をしました。



江崎さんは、経済産業省の人ですが、
大蔵省に出向したり、岐阜県に出たりして
普通の官僚の縦割り行政の枠を超え、


厚生労働省や日本医師会の聖域と思われていた
健康医療分野に旋風を巻き起こしている
スーパー官僚と呼ばれる人です。



彼が、他の省庁の縄張りと言うべきところに踏み込むと、
当然大変な抵抗があるのですが、


その枠を超えた大きな仕事、
為替手数料の撤廃とか、マザースなどの新興市場の創設
薬事法の改正、健康経営銘柄の制定など・・




それらの困難な仕事に取り組む時、
相手の立場になって、一生懸命やっていると
やがて、思わぬ援軍が現れ、
正すべきものを正すことができる。



それは、合気道で、他の武道と同じように、
最初は向き合う形で、試合が始まっても


相手と軸を揃え、同じ向きになると、
相手は自分の意思で動いているつもりでも
こちらの思う方向に投げることができる。


というのと同じだということです。





私は、健康医療というテーマに取り組むようになって
20年ぐらいになりますが、
元は、営業の研究をしてきました。



営業では、人の心を動かすことが肝要です。




知識として理解したというのでは全く不十分で、
感情を揺さぶり、その気になって
行動を起こさせなければ、
営業は完結しません。




これは、生活習慣病の改善のために、
生活習慣を変えるのとよく似ています。



また、そのことと、江崎さんの合気道の話が
通じるものがあると思ったのです。





友人が言うには、

「悟りとまでは云わないが、
 日常の仕事や生活の中で、大切な気付きがある。
 ところがこれを言葉にすると、
 実に陳腐な表現になってしまう。」



「その言葉を聞いただけで、
 浅い理解であることにすら気付かないことがある。」



この言葉の限界に対する自覚というのは、
東洋独特の感覚だと思います。





さて、火の巻です。




武蔵は戦いを『火』に例えます。


その冒頭で、

「世間の人毎に、兵法の理を小さく思いなして、
 ある者は指先にて、手首5寸3寸の利を知り、
 ある者は扇を取って肘より先の、先後の勝ちをわきまえ、
 または竹刀などにて、わずかの早い利をおぼえ・・・」



つまり、小手先のテクニックをいくらやっても、
命がけの実践の場では役に立たない。
個人でも集団でも戦いは『火』の勢いで行うものだ
というのです。




色々面白い事が書いてありますが、2つだけ

「 一、むかつかするといふこと

 むかつかするといふは、物毎にあり。
 一つにはきわどき心、
 二つのは無理なる心
 三つには思わざる心、能く吟味あるべし・・」




むかつかする、という表現は現在では使いませんが、
その意味は、心を動揺させる
という意味です。




どのようなときに、人の心は動くのか、
一つは危険を感じた時
二つはこれは無理だと思ったとき
三つは予想外のことが起きた時・・




これは、営業に役立ちます。
ショックを与えないと行動=買う気になれないのです。



もう一つは相手を動揺させるが、自分は動揺しない・・

「 一、いはほのみということ
 
 岩尾の身といふ事、兵法を得道して、
 忽ち岩尾のごとくになりて、万事あたらざる所、
 動かざる所、口伝。」



相手は動揺させても、自分は動揺しない。
動転、動揺しない心、体、を作る。
周囲に振り回されないということだと思います。



これが、心を練るということでしょう。





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