営業における主客一如

土曜日は大磯まで、行きました。
先週は、新宿の西向天神で梅の花を見て、
京都に行って、茶会で活けられた桜を見たのですが・・


土曜日は、本物の河津桜を見ました。
日一日と、春が近づいています。





主客一如と云うのは、多分、
英語には訳しにくい言葉だと思いますが、
先週までは、その理論というか、概念というか、
抽象的なことを書いてきました。




もともと万物は一体のものであり、
それが様々に分化して現在にいたる。




その分化未分以前の状態に戻る・・
ということだとおもうのですが



自分と他人が一体になったようの感覚なのです。




私の場合、それを感じることができるのは、
営業のプレゼンテーションのときと、
もう一つはセミナーです。




振るうプレゼンテーションは、
自分の意見と相手の意見が違い
相手をなんとか、説得しよう・・とするのです。



ひどいときは言い負かそう、
もっとひどいときは騙そう?とするのです。




ところが、スムースに行くプレゼンテーションは
そうではないのです。



相手の立場に立ち、相手の事情を知り、
相手の戸惑いや、不安を理解し、
一歩一歩確認しながら、ゴールに向かって歩いてゆく。




ともに手を取って、階段を登るとか、
夜道をゆくとか・・
呼吸を合わせ、足並みをそろえ・・



そのうち、あるところではゆっくりと
あるところでは早足で、
やがて、クライマックスで
ゴールが見え、二人で飛び込んでいく感じ・・



それは二人でそのたびに作る
作品のようなもので
大作もあれば、小品もあり
傑作もあれば駄作もあるのですが・・
二人で作ることは変わらないのです。




セミナーも、聴衆を説得しようというときは
ぎこちないものになります。



話し手と聞き手とが一体となってリズミカルに話が進めば・・




そう、「感動は、舞台と観客の間に起こる」のです。

コメント