生命と時間の科学

このブログに目を通していただいている方はたくさんいるのですが、
コメントをいただけるのは、かぎられています。


そのうちのお一人から以下のようなコメントをいただきました。
とても大切なので、今回の話のスタートにしたいと思います。


この方は大会社の役員だった方なのですが、日本のコンピューターを
作った100人の一人に数えられる、とても正統派の物理学に詳しい方です。




『武田さん

2点コメントです。ご存知のこととは思いますが、念のため。



1.科学は時間を止めると言い切ってしまってはいけないと思います。

花のサンプルのように「止める」場合もありますが、時間軸が無いと
成り立たない科学の方が多いと思います。

4次元の時空間を持ち出すまでもなく、速度もを加速度も時間軸の話です。



2.最近の物理学では、真空は「何もない状態」ではなく、
ガスや物質は無いけれども、エネルギーはあることになっています。

素粒子、例えば、マイナスの電子とプラスの陽電子が突然真空内に対で出現し、
短時間で再結合して消滅します。
それがどのくらいの頻度で起こり、継続するかでその真空空間の
平均エネルギーレベルが決まります。

真空を通して電磁力も重力も働きます。ということは、
素粒子PhotonやGravitonが、真空の中を飛んで行きます。


つまり何も無い真空は無いのだと大学では最近教えています。』






対話というものの重要性を象徴するようなコメントです。



人間は自分の経験や知識のフィルターで、ものを見ます。
また見たいものが目につきます。

もっと素朴に言っても、正面から見れば正面しか見えず、
裏側は見えないのですが、もう一人の人が裏側から見てくれれば、
自分の見えない部分を補ってくれるわけです。



多くの人は自分が正しいので、相手は間違っていると主張しますが
互いに、十分尊敬していれば、あの人が言うからには、向こう側から見れば
そのように見えるのだろうと考えることができます。



まず、1の、科学は時間を止めると言うのは行き過ぎで、
花の例のように時間を止めて観察するというケースもあるが、
物理学では、速度や加速度という時間と空間の関係を含める学問であり、
常に時間のことは科学の対象として取り込まれているという問題指摘です。



確かに、この考え方がオーソドックスであり、正統派だと思います。



その考え方の典型が、先週も触れた、ミンコフスキー空間です。

多くの方はご存知だと思いますが、ミンコフスキー空間とは
時間と空間を一つの図で表すもので、横にまっすぐ引いた線が空間を表し
縦にまっすぐ引いた線が時間を表します。


プラスの図形を大きくしたような図形ですがその交点から斜めに
45度の傾きの線をばってんのように、掛け算のように引きます。
そうすると、*のマークに、水平に、線を加えたようなグラフになります。



さて、横は原点から距離が遠ざかりますが、三次元の全ての方角が
一本の線にまとめられています。
(これを、線ではなく二次元の平面で表すこともできます。)


そして、縦の軸が時間を表します。


たいてい下から上に時間が流れます。
空間との接点この中心になるところが現在今であり、空間的には「ここ」であるわけです。


それでは、斜めの線は何かというと、光の速度を表します。


光は秒速30万kmという、我々人間の普通の感覚からすれば、無限に近い速度です。
もし光の速度が「無限」であれば、どのように遠く離れたところにも
瞬時にゼロ時間で到達できるので、斜めの線は現れません。


斜めの線が引けるのは、いくら早くとも光の速度が有限だからであり、
そして、アインシュタインの相対性理論により、何物も、
光の速度以上の速度は出せないので、光の速度を表す45度の角度、
この空間的には30万キロであり時間的には一秒が等しいという図では、
45度より小さな、30度とか20度の部分には、光以上の速度でなければ行けないので、
人間には経験できない広がりが表現されるのです。



あえて言えば、この広がり全体を現在と呼ぶこともできます。
(ミンコフスキー空間でググって見ていただければすぐ出てきます)



さてここまでがミンコフスキー空間の説明で、これが物理学の世界では常識的に扱われています。




先程の科学は時間を組み込んでいる、というご指摘も、
このような時間の扱い方を示すものです。




さてこの場合、時間と空間は全く同じように扱われています。
縦横高さという空間の三次元は、サイコロを転がすように
どちらに向きを変えても実質上の変化はありません。



この考え方で、時間が4番目の空間的な向きのように扱われています。
事実、物理の法則では時間の向きが逆転しても
あらゆる物理法則は破綻しないのです。


このような観点で、物理学、更には自然科学は時間を空間的に捉えて考えてきているのです。



しかし、我々の実際経験する時間はそのような構造かというと
そうではない、というのが私の主張です。



私たちは誰でも現在しか経験できません。
そして、過去に戻ることはできません。
未来の急いで行くこともできません。

その向きは過去から未来への一方通行です。




エントロピーという概念がありますが、世界がどんどん秩序から
無秩序に向かうということですが、


例えば、コツプの水に一滴のインクを垂らすと、やがてそのインクは
コツプの中全体に広がっていき、やがて、溶け込んでしまいます。
その様子は必ずそうなるという一定の方向を持つています。


しかし、ビデオでその様子を撮影し、逆回しをすると
薄まったインクが一点に凝縮し、やがて、水上に消えていくことになります。
このようなことは、自然には起きないので、フィルムを逆転していることがわかります。




さて、ミンコフスキーの空間ではこのような、現実世界の
時間と空間の特別な関係が表されていません。
つまり今日までの自然科学では、時間を空間のように扱って思考しているということです。



時間は常に動いています。その方向は、一定です。


エントロピーの逆転現象、無秩序から秩序を作り出すのが生命です。
必然的に無秩序に向かう方向が決まっているので、
生命は未来への予想がたつのです。


言うまでもなく、時間と空間は全く異質なのですが
空間は同時に配置された位置関係であり
時間は同空間で並行して行われている現象と言えるかもしれません。


そして時空という全く異質なものが、同時に不可分に共存しています。



世界と言うのは仏教用語で、

『世』は三世、前世、現世、来世というように時間を表し
『界』と言うのは空間を表す言葉であり、
『世界』と言うのは従って、最初から時空を表すそうです。




西田の「絶対矛盾的自己同一」という言葉もこのような消息を語っている気がします。



私が科学は「時間を止める」というのは、現代までの科学が
時間を空間と同等に扱っているので、
時間の本来にダイナミズムが生かされていないという意味なのです。





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