心の理論と誤信念問題

心の理論とはなんとも魅力的な、ネーミングだが

もとは Theory of mind という,

チンパンジーやゴリラなどの霊長類の研究者が、

彼らを観察すると

彼らは、

仲間の感情や考えを、

推測して行動しているように見える。


つまり彼らも我々人間と同じ「心」を持っているのではないか?

というのがスタートです。


その、「心」を持っているかどうかの

判定法として考えだされたのが、

「誤信念問題」というわけです。


先週ご紹介しましたが、


4才前後の幼児に、チョコレートの箱にキャンデーを、入れて見せ

それを知らない人が見たら何が入っていると思うか?を問う、

「心の理論」の発達している子供は、「チョコレート」と答え

 未発達の子供は、自分が知っている事実「キャンデー」と答えてしまう

 というテストなのですが・・


なにか変だなと思いませんか?

30年ぐらい世界で研究されているのですが、

私は変だと思うので、なぜ変だと思うか、説明してみたいと思います。


第一はこの設問の不自然さです・・

もし、余計なことをせず、チョコレートの箱に何が入っていると思うか

と設問すれば、チョコレートと答えるのが普通でしょう。

それをわざわざ、違うものを入れて、

不自然な設問をしているという感じがしませんか?

もしそのような質問をされれば、

質問者は何のつもりで聞いているのか、という疑問を持つのが

普通ではないでしょうか?


更に、この人は事実を知らないのだから、見た目どおり

チョコレートと答えるというのが・・本当に発達していることか?


発達しているのは、このようなわかりきったことを質問される

のはおかしいから、なにか引っ掛けがあると疑うのが

「発達した」子供ではないか・・


などと、ひねくれた私などは考えてしまう。

(そのようなエピソードには事欠きません)



根本的には、このような設問で、

被験者が十分な情報を持っていないから

間違った答えを出すだろうと、予想することが

自分と、同様な心を、被験者も持っているという

「心の理論」の証明になるだろうか?

というということです。


例えば、箱の中身を当てさせる・・どちらの箱に餌が入っているか

というテストを考えれば、犬でも、猫でも、

同じような答えを出すのではないか・・

つまり、記憶した答えを出すだろうということです。


「心」とは何かという時

同じ仲間も自分と同じ「心」をもっているから・・

きっとこう思っているに違いないという「推測は」

単純な刺激に対する反応ではなく


一旦、得た情報や刺激を、一度受け止めて

自分の中で天秤にかけ、比較検討して判断する。


ということが、前提としてあるのではないか

ということです。


この考え方は、行動主義心理学と、認知心理学の主要な比較ですが、


私は、人間も動物なので、

行動主義的要素は当然、

人間にもあるが、

人間的成長とは、

反応的な生き方から、主体的な生き方への成長を言う思うのです。



7つの習慣という素晴らしい本があります、

第一の習慣がこの刺激=反応ではなく

刺激と反応の間に、選択の自由があり

その選択の自由は、想像力・自覚・良心・自由意志

という人間独特の性質によると書かれています。


実は私は、7つの習慣で一番難しいのが第一の習慣と思っているのですが

この4つの性質は人間独特の特質かも知れないけれども

刺激に対する反応・・右の頬を打たれたら・・左の頬が出せるか?


というと、普通の人間には到底無理で、

自分で、自分の精神状態や、行動がが選べるようになるには

修行がいると思うので、

自然にできることではないと思うからです。

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