瞑想には、実用価値があります。
現世利益があるのです。
坐禅とか、瞑想というと神秘的で、この世の価値ではなく
現世の物質的な価値を離れた、超越的な価値を実現しようと
している、と思われます。
物質的な、現世的な価値に比べ、
精神的な分、高級なようなイメージがあります。
そこにはなんとなく、無理を感じます。
釈迦は、皇太子の、生活と美しい后と可愛い子供をすて、
修業に入り苦行6年間、その後35歳で悟りを得て
80歳まで45年、乞食をして過ごしました。
その45年の乞食生活の淡々として、
気張った様子は、微塵も感じられません。
それで、十分だったのです。
ごく普通に自然に教師として生きているのです。
そこには、ムリをしたり我慢したりという様子はないのです。
本当に足るを知るというのはそういうことです。
今、アサが来たという朝ドラがNHKで流れています。
そのテーマ音楽が爽やかです。
何気なく聞き流していましたがふと気が付きました。
「うまくいかない日は、明日頑張ろう!」
自然で素直です。
うまくいかないと、いらいらします。
それがストレスです。
それがストレスだと自覚し、
其のストレスに支配されないことを選択するとき、
其のストレスを見つめるとき
其のストレスに気づくとき
私達は「悟り」の入り口にいるのです。
ハンス・セリエのストレスの定義から
ストレスは「負荷」なのだと気づいたとき、
それでは
すべての学習や成長はストレスであり、
目標を持つことはストレスではないかと疑問を持ちました。
まさに人生は苦=ストレスなのです。
然し、釈迦はどう見てもニヒリストではなく
乞食をしていても、王者以上のゆうゆうとして
満ち足りた人生を送っています。
それが、苦の克服法であり、
それが、八正道です。
現代科学の言葉でいうと
ストレスを感じた時に、副腎から分泌されるホルモンは
コルチゾールだけではなく
デヒドロアンドロステロン(DHEA)という成長ホルモンが
分泌されることがわかりました。
コルチゾールとDHEAホルモンの比率が『成長指数』と呼ばれます。
コルチゾールが多ければ血管が細く、脳は縮退し、
DHEAが多ければ,血管は広く、脳は成長し、
其の差は、慎重な準備、徹底した練習、
支えてくれる仲間、
そして希望、勇気、懸命な選択、
試練に意味を見出す知性です。
大切なものが脅かされると感じるとき
実は、大切な物が手にはいろうとしている時なのです。
その、思いが、
自分の主観的な考え方が!
成長ホルモンDHREAを分泌させ、
自分自身を成長させるのです。
チャレンジ反応の引き金
仏教
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