藤田一照さんの(悟り)についての文章を読んでいた処
「日常生活という集合、は仏教の集合に含まれる」
という意味の一節がありました。
なるほどと思いました。
どのような方法で把握したかというと
「悟り」としか
言い様がないと思うのですが、
仏教の掴んでいる世界は
普通の生活を遥かに超えている気がします。
私は18歳の時、鈴木大拙の「禅と精神分析」を読み
禅は科学より大きいと感じ
そのことをずっと考えてきましたが
科学を離れることはできませんでした。
近代科学の、実験と観察という、
原理的に限定された、確実だが
ある側面しか把握できない
わずかな人間の能力の少しずつの積み重ね
人間は我々が存在する宇宙について
我々自身について、数多くの学びを、重ねてまいりました。
130億年を超える、宇宙の歴史
この宇宙が11次元からなること
我々の太陽系が、100億年前の超新星の爆発から
発生した、重い元素を含んでいること
現在の地上の生命に不可欠な
あらゆるミネラル
鉄も、マグネシウムも、リンも、亜鉛も、すべて
宇宙の彼方の、別の星の、その子孫であること
37億年を超える、生命の歴史を通じて
すべての生命が同じアミノ酸の組み合わせ
同じDNAによって紡がれた命であること
我々の意識・知性の源泉たる
この「脳」も
魚類、両生類、爬虫類、哺乳類の歴史の上に有り、
潜在意識のなかに
その歴史の影響を逃れられないこと
我々がストレスを感じる時
その反応は、魚類の頃から、
敵に襲われれば、逃げるか戦うか・・
という生理反応が、緊急時に我々の祖先を助け
その結果生き残ったものの、末裔が我々であること
これらの知識は、地道な多くの先人の実験と観察により
一つ一つ確実に積み重ねられてきたのです。
そしてこれらの(科学的真実)は、
私達の日常を遥かに超えています。
驚くべきことに
2500年前
釈迦は、これらの真実を見通したのです。
それらをその当時の人間に表現したのが
人生は苦であり(思うようにいかないというストレス)
苦には原因が有り(思うようにいかない理由があり)
それは
すべての存在は
他によって支えられるものであり
そのことに気が付かぬ
自分は不滅だと錯覚する
人間の顕在意識=理性によるのだと
宇宙は新陳代謝しています
生生流転しています
全ては原因と結果の連鎖です
あと半歩の人間の努力は、
釈迦の悟りを
すべての人間の共有しうる
科学の言葉に置き換えることが出来るはずです。
社会は進化してきました。
人間は学んできました
私は、人間の科学が釈迦の知恵を解き明かすことを
その科学を等身大の人間的実践に活かすことを
今年のテーマに致します。

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