我が家の前の一本桜も、蕾がふくらんできました。
すぐに新しい年度がはじまります。
何かと慌ただしいことでしょう。
サテ、先週例えば仏教で説くところの、
多くの事柄が
現代科学の先取りをしているようだ・・
何故そんなことが可能だったのだろうか
そのことについて、考えを書いてみたい、と申しました。
私はまだその境地が体験できたわけではありませんが、
深い瞑想状態に入ると
五感によって、外部環境からリアルタイムの情報を得る
というやり方から
離れるのだと思います。
我々の脳は一種の受信機のようなもので、
上手くチューニングできると
普通の周辺からの情報を受け取る
目で見、耳で聞き、鼻でかぎ、舌で味わい、肌で感じる
という5感とは別に、
第6感といわれる
別な感覚がはたらく・・
インターネットとパソコンがつながるようなものです。
5感が働かなくなる方が、6感が働きやすいことは
推測できます。
しかし、眠ってしまうというのとは違います。
そして、しっかり6感が継続的につながると
時間を超える
というのが、私の仮説です。
集合的無意識と言う、ユングの、潜在意識についての理論や
ボームのホログラム宇宙論など
いろいろな解釈が有りますが
この宇宙は、我々の通常の感覚で言うと
縦て、横、高さの立体の三次元と
時間の合計4次元で
構成されており
その空間の中では、どの方向にも自由に動けますが
時間の中では動くことはできません
時間と空間は等価と言う、一般相対性理論が正しいなら
これはおかしいと思うのが普通のはずです。
ところがヒッグス粒子の存在が確認されるとともに
この宇宙は10次元で構成されているということがわかったそうで
実は、この話は、私もそうらしいというだけで
ちっともわからないのですが・・
その理論によれば、宇宙は、時間の次元を加えると
10次元とか11次元になるそうです。
そうだとすれば、我々が日常で4次元と感じるこの世界は
我々の感覚器官の性能の問題で
残りの折りたたまれている6次元には
アクセス出来ない
ところが、大脳の中で、感覚器官と直結した部分ではない
前頭前野・・普通の言葉でゆうと「おでこ」のあたり
は実は、
時間を超えた宇宙全体につながる受信機の役割が
果たせる
訓練により、
いつでもチューニングできるよにするのが
内観・瞑想と呼ばれる状態で
そのレベルが自由自在になることを
「悟り」というという仮説です。
そう考えると
お釈迦様が、悟りを得た後
最初の説法をする時
「吾は不死を得たり』と呼びかけたのは
単なるキャッチコピーに依るオーバートークではなく
真実であったことになります。
いながらにして、時間を自在に超えるのですから
サテ次回からは、その段階的実践と
そのレベルに程遠い私が
そのような仮説をかかえ
どのように日常の生活や仕事に
活かすかを考えます。
何故、2600年まえに
仏教
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