私と仏教との出会いは、ふと手に取った「禅と精神分析」という、鈴木大拙とE・フロムの共著でした。
今から60年近く前のことです。
フロムは「自由からの逃亡」という名著で有名で、新フロイト派といわれる心理学者です。人間は自由になると孤独で不安になり、自由を放棄して独裁者に従うようになると分析しました。
鈴木大拙は数々の英語による著書で「禅」を世界に紹介した禅者であり、禅学者でもあります。
禅者とは、禅を体現した人のことです。野球に例えて言えば、野球を実際にやる人ということです。
禅学者とは、野球を解説する人といえばわかりやすいと思います。
大拙は苦労して自分の体験した、禅の境地を英語で世界に紹介しました。
私はこの本の中で大拙のいう
「科学は生命を殺し、芸術は生命を創造する」という短いフレーズに、長いこと悩まされました。
最近になり、ようやく大拙のいう科学は、デカルトニュートンの要素還元主義の科学で、20世紀以降の最新の科学についていうのではありません。例えば、量子力学などは、大拙は面白いと思うに違いないと考えるようになりました。
そのあと読んだごく薄い岩波の文庫「無心ということ」は、薄い本ですが、仏教の神髄を実にわかりやすい言葉で紹介していると思います。
その中で『空という概念は、空間的の考えるより時間的に考えたほうがわかりやすい」という一言で、私は仏教というのは、時間哲学なのだと思うようになりました・・以来西洋近代の科学は移ろいゆく現実をそのままとらえることをあきらめ(微分とはそういうことだ)動かないようにして観察するのだと見るようになりました。
東洋では、動くものを動くままとらえます。そのための観察が座禅だといえるでしょう。
次回、簡単に座禅、あるいはマインドフルネスに触れようと思います。


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