人間は、発達した脳を持ち、あまりに大きくなったので、犬や馬のように四つ足で歩こうとすると頭の重さが首にかかります。そこで、直立して、重い頭のまっすぐ下に体をもってきます。すると、二つのことができるようになりました。一つ目は、のどが伸びて多様な声を楽に出せるようになり、音声言語が生まれたことです。二つ目は、手が自由になったことで、様々な細工が自在になり、かつ目的を達成するために、効率の良い、道具を作れ、使えるようになったことです。
人間の発達した脳は、世界認識の方法の中に、空間関係、社会関係の認識に加え、時間関係を認識できるようになりました。犬や猫は今しか認識していません。そのため、明日のことで思い悩むことはありません。
明日の心配をしなければ、人間の悩みというのは何もありません。今さえよければよいというのは、動物への退化を意味しますが、確かに気が楽になります。
人間の悩み苦しみは、その発達した知能により様々な欲望をもち、それを固定し、障害物を敵とみなします。目標に集中するということは、視野狭窄を意味します。
座禅とは立って二足歩行した人間があえて座るのです。自由になった両手を印を結ぶことにより使いません。
さらに、自由になって自在に考えることのできる意識を、外の目標でなく自分の内側に向けます。そうすることにより、人間の発達した知能を抑制するのです。
なぜでしょうか。時空を超越する思考は、自然界の摂理をはみ出るからではないかと思います。
今日人間は、自らの知性にせまる、AIを開発しました。
これから、意識の問題は本格化するのでしょう。


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