王道塾:帝王学

教育

従属のための教育ということを話しましたが、従順で素直に人の言うことが、なぜ悪いのかという人もいます。

従属による平和、誰かの言うとおりにやっていれば、平和だというのは、何らかの権力の陰に隠れた不安定な平和でしかありません。

自分の人生を自分で選択できます。
学問の道も、職業も自分の意思で選ぶことができます。

私たちはそれが当たり前で、そうでない世界は想像しにくいのですが、今でもこの地球上の多くの国々で、そのような自由は与えられていません。

自分の意志により道を開く、まず主体性を確立する。

やらないと罰せられる、試験に落ちるから勉強するというのは、他から強制され苦痛ですが、なぜか知りたいから、わからないことがわかるのは面白いから学ぶのは楽しいです。

まずそのような主体性を確立することが第一歩で、人の様子を見て周りに合わせることではありません。

私は真の民主教育というのは、帝王学ではないかと思っています。

或いは貴族の学問、織田信長はあるとき、部下に息子の信雄の大将ぶりを尋ねました。

「それはもう素晴らしい若大将ぶりです」

『どんなところが』

「功名を上げたものが褒められるとき、この場合は小袖を賜るかと思うときは、きっと小袖を、馬を賜るかとおもえばきっと馬を賜るのです」

『それではだめだ、部下に心を読まれるようでは、やがて信雄は、サルの門前に馬を並べることになるだろう』

帝王学というと、まるで民主主義の反対のように思われるかもしれません。真の民主主義はすべての人民が自分自身の主人となることなのです。

来週から古今の帝王学を紹介しようと思います。

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