科学

世界観

アートとサイエンス

アートをビジネスに取り入れる、という話がどんどんポピュラーになっています。先日もフェイスブックで、さほど有名とはいえない講師のこのようなタイトルのセミナーに2000人以上の人が、興味ありのサインを送っていたので、その数に驚きました。2005...
世界観

どのような実践が必要か

人間の自己主張をぶつけ合い、自分の欲望の実現のために他者を傷つけることをいとわないという性格は、その視野の狭さから生まれている。現実には複雑に絡み合っている生態系のネットワークから、自分の個人的な目標を選びとり、全体の調和の中から一直線だけ...
仏教

主客一如 part2

無我という事柄を得心した先に、主客一如(しゅきゃくいちにょ)ということがある、と前回申しあげました。まずは、無我とは、すべての「もの」は『こと』であるということから始まります。私達の普通の感覚では、パソコンという「もの」がありパソコンでメル...
仏教

主客一如

仏教の根本概念に、無我ということがあります。この世界には自ら他に頼ることなく、単独で存在できるものは何もない。全ては、他のものに支えられて存在する・・縁起の法とか、因果の理と言われます。そして、他によって存在する「もの」として、私という存在...
仏教

日本と芸術

今冬季オリンピックをやっていますが、どうしても日本選手を応援してしまいます。いわゆる、えこひいきですね。日本は特別な国だと言うのは、身びいきと言われても仕方がないと思います。戦前は、日本精神とか日本は神国ということが信じられていて、戦争をし...
仏教

生命と時間の科学

このブログに目を通していただいている方はたくさんいるのですが、コメントをいただけるのは、かぎられています。そのうちのお一人から以下のようなコメントをいただきました。とても大切なので、今回の話のスタートにしたいと思います。この方は大会社の役員...
仏教

デカルトとブッタ

現代の理性中心の時代が、様々な行き詰まりを見せているなかで、現代の科学技術の思想的な基礎となっている、デカルトの『我』と、仏教の『無我』を比較しておきたいと思います。デカルトが方法序説という有名な書物を書いたのは1637年彼が41歳の時でし...
仏教

主客一如

昔、森繁久彌が、コカコーラのCMで語った、名セリフが印象的でした。音楽家のフルトベングラーが、言いました。「感動は、舞台と観客の間に起こるのです。」これは何か一つのことに、打ち込んだこと、のある人には分かる感覚だと思います。私の場合は、ブリ...
仏教

科学的に仏教にせまるということ

科学の科という字は、枝という字宗教の宗という字は、宗(むね・もと)という字といったのは安岡正篤です。また、鈴木大拙は、このようなことを言っています一輪の花がある、科学は、その周りをぐるぐる回る生物学的に植物学的に、化学的に、物理学的に、光学...
科学

科学的ということ

みなさんは、科学的ということにどのようにお考えですか?私は、科学的であることが、人間の話し合いの上で、お互いの理解の前提になると考えてきました。お互いの個人的な経験と一致する話を聴けばなるほどと納得します。然し、自分の経験と一致しなければ、...