渋沢の論語と算盤の解説を続けてきましたが、ふと思うと、論語そのものの紹介を
していませんでした。
もちろん、論語は誰でも知っていると思いますが、世に「論語読みの論語知らず」という言葉もあります。
渋沢は、生涯この論語を研究し、その内容を自分の生き方や、事業に生かそうと努力しました。
忠実に実践しようとしたのは、彼が「聖書」だったら実行できなかったろう、と言っていることからうかがえます。
今週はその論語の一節を紹介します。
学而時習之。不亦説乎。
学んで之を時習ス(学んで時に之を習う)。亦悦ばしからずや。「学而第一」
普通これは
「学んでこれをときどき思い出し復習するのは、なんとよろこばしいことか」
と理解されます。
しかし、そういわれても何となくぴんときません。
これは時々ではなく、そのまま、時習(じしゅう)と読んで、学んだことを、時代や、時勢に応じて読み解く、と理解すると、「悦ばしい」という言葉が生きてきます。
孔子は釈迦と同時代の人ですが、その論語は実に現代社会にも当てはまるようで、生々しく感じます。
渋沢が実行の手本にしようとしたのがわかる気がします。
来週も、また、論語の一節を取り上げようと思います。


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