渋沢はいう。
何事も、法に訴えるというのはいかがなものか。
資本家と労働者の問題も同じ、権利だ義務だと法律に訴えればやがて感情的にもなる。
資本家は労働者に対し王道で臨み、労働者もまた資本家に対し王道でのぞむ。
関係する事業の利害得失は、両者に共通する。権利義務などの観念はかえって感情を敵対するのみ。
海外先進国の良い業績を上げている老舗企業は、ドイツのクルップ社やアメリカのウォルサム社などすこぶる家族的である。
人の能力努力は様々だから、貧富の差が発生するのは自然のこと。豊かなものがいるから貧乏人がいるといい、こぞって豊かなものを誹謗攻撃すれば、皆やる気がなくなる。
個人の富は国家の富、富国強兵は、各個人が日夜勉励して初めて達成される。そうかといって、貧富の差があるのは努力の差だといえば、必ず争いになる。
両者の円満な関係に努力するのは識者の一日も欠べく覚悟。放置するなら遂に、由々しき大事を惹起するはこれまた自然の成り行き。
貧富の差は、今後ますます問題になると思われます。
王道による解決という渋沢の主張ですが、今、それは王道だねといえば、「それは定石」というような意味でつかわれます。
渋沢の時代は、王道と覇道といいました。
覇道は力で支配することで、王道は、徳をもって従わせることをいいます。
面白いのは、経営者だけでなく、労働者もまた、経営者に対し、王道で臨め、というところです。渋沢らしいというところだと思います。


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