人は平等で、みな等しくチャンスがあるのだから、その能力は結果によってはかられると、民主主義の社会では信じられています。
しかし、人間は、その姿形は人間でも、放っておいて、自然に成長すれば、人間になるわけではありません。
犬や、猫なら、自然に大人になるのですが、人間の場合は、どうしても教育がいるのです。
ある人が、人間が言語を身に着けるというのはどういうことか知りたいと思い、二人の子供を生まれた時から、隔離して、食物は与えるが、人間と接しないように育てました。
彼らは、大人になっても、うなり声を発するだけで、人間らしくはなりませんでした。
つまり、人間になるにはきちんとした教育が必要となるのです。
そこで、ある一定以上の教育を受けた人間の優秀さは、何によって評価されるのか?
今の世の中では、社会的成功とは、お金のことを指すようです。
しかし、過去を振り返ると、例えば孔子は、偉大な聖人と言われていますが、小さな国一つ任されることはありませんでした。その富においては、歴代の中国皇帝とは比較になりません。
我が国においても、藤原時平と菅原道真、足利尊氏と楠木正成など、富貴というだけでは、人は測れるものではないように思われます。
したがって、金銭のみならず、その人の世に尽くした精神と効果について考えることが重要になります。


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