論語と算盤:孝らしからぬ孝

論語

八代将軍吉宗のころ、石田梅岩という人が「心学」はじめ、手島堵庵 中沢道二などの優れた弟子が出て、世に広まりました。
その中の 道二翁道話に以下のような話があります。

近江の国に一人の有名な孝子があり、「それ孝は天下の大本なり、百行の依って生ずる所」と心得、信濃の国にまた有名な孝子あると聞き、面会しいかにせば最善の孝を親に尽くせるかはるばると信濃の国まで孝行修行に出かけた。

訪ね着いたところ、ただ老婆一人、息子は山に仕事に行っている。夕刻にはきっともどる。と云うので待たしてもらうと、夕刻には山で採った薪をいっぱい背負って帰ってこられた。
通された奥の部屋から様子を観ていると、薪を背負ったまま、縁にどっかと腰を下ろし、重くて仕方ないから、手伝って下ろしてくれろと、老母に手伝わしている様子。足が汚れているから濯ぎをもってきてくれ、やれ足をぬぐってくれ、勝手な注文ばかり。老母はいかにも喜ばしそうに嬉々として、せがれの世話をする。

不思議なことがあるものと、見ているとついには、炉べに座ると足を伸ばして、大分疲れたから揉んででくれろ、という老母はいやな顔一つせずに揉んでやっているうちに、はるばる近江からお客様奥の部屋に通してある。息子は、それならばお目にかかろうと、かれこれ話し込むうちに夕食の時間となり、別に手伝う様子もなく、平然と給仕させる。やれ、お汁が辛くて困るとか、ご飯の加減がどうだとか小言ばかり言う。

遂に見かねて「私は貴方が天下に名高い、孝子だと承って、はるばる近江から、先ほどからの様子、実に持って意外千番の事ばかり、豪も老母をいたわるどころか、あまつさえ、老母を叱られるとは何事ぞ」

答えるに
「孝行、孝行といかにも百行の基足るに相違ないが、孝行しようとしての孝行は真実の孝行とは言われぬ、孝行ならぬ孝行が真実の孝行である。私が年老いた母にいろいろ頼んで・・・さぞ疲れたろうと親切に優しくしてくださるので、その親切を無にせぬようにと、また客人を饗応するについては、定めし不行き届きで、息子が不満足だろうと思ってくださるものと察するから、その親切を無にせぬためご飯やお汁の小言までも言ったりするのである。何でも自然に任せて、母の思い通りにしてもらうところが、或いは世間に孝子孝子と言いはやして下さる所以であろうか」

近江の孝子も判然として悟り,孝の大本は何事にも強いて無理せず、自然のままに任せるところにある。孝行のために孝行を力を込めて来た我身には、まだまだ至らぬ所があったのだと気づきに至った、と説いたところに道二翁道話の要点があるのです。

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