渋沢はいう。およそ110年前の文章である。
日中間は、同文同種の関係にあり、国の隣接する位置からも、古来よりの歴史からも、相提携するべき国柄なり。しからば、人情を理解し、己の欲せざる所にはこれを人に施さず。いわゆる相愛忠恕の道をもって相交わるにある。
商業の真の目的が有無相通じ、自他相利する如く、わが国が中国事業に関係するも、忠恕の念をもってこれに望み、自国の利益を図るのは勿論ながら、合わせて中国をも、利益する方法に工夫することは決して難しいことではない。
これについてはまず、開拓事業で、両国の共同出資による合弁事業となすのが最良方法である。
余が、尊敬する中国は殷周の時代であり、はるか古代、孔子の活躍した時代であった。
今回(大正3年)中国を訪問し、本場中国で、論語を講じることを求められた。
現在の中国では、上流階級と下層社会はあるが、国家の中核をなす中流階級が存在せず、個人主義利己主義が発達して、国家を憂うる心にかけるのが一大欠点だと思う。
大正3年、渋沢が75歳、彼が92歳で亡くなるまで、まだまだ、活躍しますが、亡くなった1931年からわずか6年後の1937年には、日中戦争が始まりました。
もし、100歳まで長生きしていれば、日中戦争を抑え、世界史は変わったのでは…と思うくらいです。


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