全欧の事変について、私の予想は全く外れた。
私の予想以上に暴虐の人があったからである。
いわゆる「一人貧戻なれば、一国乱をなす」
文明の世界には有りうべからざる物との想像が過誤の観察となった。
私はかえって文明人の貧戻なる結果ではなかろうかと、冷笑せざるを得ないのである。
適切なる準備と実行の責任者とは未来の当事者にある。
未来の当事者なるものは、現在の青年を除いて外にない。
相愛忠恕の道をもって交わるべし。
渋沢がこの文章を書いたのは、第一次世界大戦のことだろうと思います。
貧戻(タンレイ)なる言葉は最近使いませんが、心が貧しくねじ曲がっていることをいいます。
欲が深く、常に人のものを欲しがります。
かつては、貧乏ゆえに、貧戻であったはずが、文明人になれば、そのような暴虐な人はあるまいというのが、渋沢の予想でした。
21世紀になってみると、自民党の総裁選挙、兵庫県知事のありさま…。
豊かな人ほど貧戻であるようです。
求めるものは貧しく、与えるものは豊かである・・改めて、そう思います。


コメント