1867年、ナポレオン3世の時代、パリで世界博覧会が開かれ、日本は、徳川将軍の弟、徳川民部大輔を特命使節とし、渋沢は、随員として渡欧しました。
その時の旅は、横浜よりフランス船で、インド洋、紅海を経て、スエズに至り、まだ完成していない、スエズ運河の工事を見て陸に上がり、鉄道によりエジプトを横断しています。
カイロを経て、アレキサンドリアに出て、再び乗船し、地中海を渡り、ようやくフランスのマルセーユについています。横浜から55日の旅でした。
69年には、スエズ運河か開通し、さらにシベリア横断鉄道が走り、さらには、パナマ運河が、太平洋・大西洋をつなぐに至りました。
世界の交通の便利は、長足の進歩を遂げたのです。
目の当たりに見て、長寿を喜びました。
普段の渋沢は、現世に対し何か苦言を呈するのですが、今回は素直に喜んでいます。
文明の発達は世界に平和にすると素直に信じていたようで、彼は、儒教・論語はよく学んでも、老荘・仏教を敬遠していたようです。


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