論語と算盤…実業と士道

論語

武士道すなわち実業道なり

武士道の神髄は正義、廉直、義侠、敢為、礼儀などの美風を加味したもので、なかなか複雑な道徳です。
商業においては、はなはだ乏しかった。「武士は食わねど高楊枝」というがごとき気風では、商売は立ち行きません。

孔子は

「富と貴はこれ人の欲するところなり、その道をもってせずして之を得れば処らざるなり、貧と賤とはこれ人の憎むところなり、その道をもってせずして之を得るも去らざるなり」

といいます。

つまり賢者は貧賤によりその道を変えぬ。
武士が戦場において敵に後ろを見せないのと同じ覚悟。

道義を元とし、富貴卑賤を末としたが、古の商工業者はこれに反対したから、遂に富貴貧賤を本とし道義を末とするようになってしまった。

いやしくも、世に処し身を立てようと志すならば、その職業の何たるかを問わず、身分の如何を顧みず、始終自力を本位として、道に背かざる意をもっぱらにし、しかるのちに自ら富かつ栄ゆるの計を怠らず。

真に人間の意義あり価値ある生活といえよう。
いまや武士道は移して実業道とするがよい。

日本人はあくまで、大和魂の権化たる武士道を持って立たねばならぬ。

商工業においてもこの心をもってすれば、戦争において常に日本が世界に優位をしめつつあるように、商工業においても世界に勇を競うに至るのである。

このような、文章を読むと、渋沢は、戦争に肯定的だったように読めますが、真意は、「道に背かざる」に重点があります。

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