渋沢は語ります。
道徳という文字は、中国古代の唐虞の時代より、
「王者の道」のことを言いました。
したがって、古くからある言葉であろう。
中国の唱える24孝というのがあり、
親に孝行する方法を24通りにわたり並べていますが、
いくらなんでもそれはおかしいというものも散見されます。
おそらくは、実話を集めたというようなものではなく、
極端な例え話を並べ、
なんとか少しでも親に孝行するよう、
しむけたにちがいありません。
進化論によれば、すべての生き物は、
時代とともに、進化して姿を変え
今日に至るといいます。
古きものは、時代とともに
新しいものに進化するのが、
自然の法則だと言うのです。
そうであれば、
「道徳」もまた時代とともに変わるべきなのでしょうか?
仁義などということは、東洋に限らず、
西洋の聖賢もまた数千年前から、同じように言われています。
そうだとすれば、道徳は、洋の東西を問わず、古今を問わず、
人間にとって普遍的なものだろうと言えるでしょう。
以下は私の感想ですが・・
科学は日進月歩ですが、
一方、人間性というものは
昔より退化しているのではないか?
人間が動物と一線を画すのは
社会文明を築きあげたからで、
それを維持するには一人の力ではどうにもならず、
「社会全体」と「未来に」責任を感じる必要があります。
今さえ良ければ良い、自分さえ良ければ良い。というのは、
猿に退化したと言われても仕方ないのではない。
次週は少し論語から離れ、
ポスト資本主義の社会について書いてみます。

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