505 論語と算盤 part31 防貧の第一要義

「慈善事業」と今なら言うところを
渋沢は「救貧事業」と呼びました。

「人道上、経済上、行うべきことだが、
 今日に至っては政治上も行うべき」
「英国の如きは300年に渡る努力で今日僅かに整備」
「なるべく直接保護を避けて、防貧の方法を講じたい」
「いかに苦心して築いた富といえども、
 自己一人の専有と思うのは大間違い。
 人は一人では何もできない。

 国家社会があるので、安全に活動し、
 その恩恵をこうむっている。

 富が多ければ多いほど
 社会の恩恵をこうむっているのだから、

 この恩恵に報いるためにも、救貧事業は当然の義務であろう」

といいます。
これが心学というものでしょう。
何事によらず、人は失敗すると、人のせいにしたがります。
成功すれば、自分の才覚、努力、能力によると、思いたいのです。

それが自然な、「人間の考え方」であることをまず認め、
剣道でも、ピアノでも、
自然のままでは「技」と言わないことを思えば、
自分の心を制御し、
人間社会の全体に思いを及ぼすことを「心学」と考えましょう。

かつて横井小楠が、

「西洋の学は実学ばかりで、心学がない。
 これでは、いつもまで
 経っても西洋の戦争はやまないだろう」

といったことは紹介しました。

それから150年たった今日まさに戦争はやみません。
次週は、同じ論語と算盤の罪は金銭にあらずを紹介します。

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