論語と算盤 part24 悪んでその美を知れ

渋沢は、500もの会社を作り、
600の学校などの公共機関を作りました。
当然、すごく多忙だっただろうに、
訪ねてくる人には、どんな人にも必ず会い、
来た手紙には必ず目を通しました。

その上、道理が通ると思えば、自分のことと関係なくとも
可能な限り手を貸したので、
より一層千客万来となります。
当然中には金目当ての、自分勝手な怪しい人物もいます。

そのような訳で、渋沢の名声や信用が傷つくことを心配する人もいて

「あなたは、論語を信条とすると言いながら、
あなたの元に出入りする人間の中には、礼儀をわきまえず、
仁義を心得ない、甚だ儒教の精神から遠い輩もいる・・・。
なぜあのようなものたちの出入りを許すのか、真意を伺いたい。」
という人もいました。

彼が、自分の信用やグループ企業の利益中心に考えていたなら、
その通りでしょう。

しかし、渋沢は、日本のために、国家の中枢で働くことをやめ、
欧米諸国の発展は、民間の商業力にあると信じ、そのため、
民間で多数の会社を作ってきました。

彼が作った多数の会社で、トップとしての報酬を得たのは、
第一銀行だけだというから驚きます。

自分のため一族のためでなく、日本のためになるかが基準なのです。
まさに、公のために働く、真の公務員であったようです。

私も色々個性的な人間とも付き合います。

渋沢の見識よりはだいぶ落ちますが、
誰だって人間、完全な人は一人もいません。
「その人の良いところを見て付き合う」というのが、
私の流儀で、可能な限り多くの人の役に立ちたいと思っています。

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