渋沢は言います。
大立志はいわば目的、存在意義。
なんのために生きるのか
冷静に自分の性格長所を見極め、
それが最大限活かせる、一生を貫けるもの。
小立志はそれに至る一里塚・修飾。
渋沢は幕末維新の激動期に豪農の長男として生まれ、
やがて武士の世界に反発し、一時は倒幕を試み、
一転し、縁あって、一橋家家臣として武士になり、
更に一橋慶喜が将軍位につくと、
その直近として幕臣となりました。
その後、政治の中枢にあり、
明治政府の大蔵次官のような立場から
経済界に下野し、合本主義を唱えて、
500を超える起業集団を率い、
600を超える学校団体の社会事業を起こしました。
彼自身の大立志は、
欧米先進国に負けない殖産興業であったのでしょう。
つい最近まで、日本の資本主義は、
アメリカのそれとは違うものでした。
通産省が大方針を決め、
役人は夜中までプライドを持って働きます。
大企業は業界団体を作り、中小起業軍を従え、
企業トップは贅沢をせず、雇用維持を経営者の任務と考え、
株主は経営に口を出さず。
銀行は長期に渡る貸付で、企業を支えていました。
アメリカの企業トップは、一般従業員の300倍の給料をとり、
社員を首にした結果、経営効率に寄与したと言うので
ボーナスをとりました。
この大きな違いは、渋沢によるところが大きいと思います。
私の一生を貫く大立志は何かと自分に問うてみますと、
15歳でマルクス主義にかぶれ、
17歳まで学生運動をやったのは
渋沢の倒幕運動に似てもいなくないと思います。
その後、一転し、資本主義社会主義という時代ではないと考え、
大森実の書生になったのも、
似ているといえばいえると思います。
しかし、その後、資本主義や社会主義に代わる
新しい思想に基づく、新社会建設のためにことをなしたかというと
はなはだ・・・
何もしていないように思えます。
しかし、今からでも遅くない、
この現代社会の混迷の根本を見極め
(自己中心の人間中心主義だと思っていますが)
素晴らしい人間社会の建設に努力したいと思います。
現実を知らない夢物語だと思う人もいると思いますが
どれだけ出来たかではなく、
なんのために生きるのか、という問題だと信じます。

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