幽玄 死者からの視線

幽玄とはなにか?とある人に問われ
とっさに、あの世から見たこの世と答えました。
幽玄の幽は、幽霊の幽、
玄は、玄之又玄衆妙之門という老子の第一章です。

幽玄という言葉は、世阿弥により有名ですが、
能の世界で使われ始めたというより
和歌の世界で、藤原俊成が使い始めたといいます。
老子の、第一章は、
道とはなにかの解説に、玄という言葉が出てきます。
宇宙自然は「道」からなるが、
そのはじめは、ほのかに暗く奥深くはっきりしない
それが始まりにある・・というような意味と解釈されます。
現実に見えている、はっきりした世界の奥に、
不思議な「世界」の生まれ来る
ほのかに暗い世界がわずかに見える・・

これを世界の実相をうつす、幽玄と表現しました。

我々は、いま現実だと信じているこの世界を、
手で触れる、目で見える・・
確固たる確かなものだと思っています。
科学はこの観察ということによるのですが、
光の速度とか電子の運動とか、
極限となるとあやしくなります。
この世は移ろいゆくもので、
必ず形あるものは滅びます。
能の世界で、シテと呼ばれる主人公は、
ほとんど、この世のものではありません。

死んで、この世にはいないはずのものが、
現世に現れ、昔を語るのです。
これは、現世は必ず変わっていくので、
現世に生きている我々が

これが真実だとしがみついているほど、
現実とは確かなものではありません。
この現実の奥に、かすかに見える
仄暗い奥行き・・を舞台にしています。
これが幽玄。

私の感じでは、量子力学の世界を表しています。
ヒッグス粒子の発見で、
この宇宙は11次元だというのが最新の学説です。

我々の理解する4次元以外の7次元は
折りたたまれているそうです。

父が亡くなって、母や弟、あるいは爺さん婆さんと、
出会えたろうかと思ったりします。

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