論語と算盤 part10 蟹穴主義

勝海舟は、私の一番好きな幕末の英傑です。

彼は、『俺は恐ろしいものを二人見た』と言ったそうで、
一人は西郷隆盛、
もうひとりが横井小楠です。
横井小楠は、肥後の藩士と記憶していますが、
西郷ほどに活躍していません。
ただ、彼は、明治維新前に次のようなこと言っています。
「西洋の学は、ただ実用の学であって、心学がない。
 心学がなければ、西洋に戦争の終わることはない。」

さて我々は、今更ながら、
「心学」とは何かを問わねばなりません。
渋沢はこの、蟹穴主義の冒頭、次のように始めます。

「古来宗教家道徳家というような人に
碩学鴻儒がたくさん出て、
道を教え、法を立てたけれども、
畢竟それは修身、身を修めるということに尽きると思う。」
渋沢は、日常全てのことを真心を込めて行うこと、
忠恕一貫というところに持っていきます。
箸の上げ下ろしにまで、真心を持ってすれば、
次は自分の分を知る、といいます。
蟹穴主義とは、
カニは自分の甲羅に似せて穴を掘る・・
という言葉から来ていて
自分の力量を超えた欲心を起こさぬことを言います。
渋沢は、ぜひ大蔵大臣に、日銀総裁にと、
政府から頼まれても断ってしまいました。
自分は明治6年、官の職を辞して、
民間の穴をほったのだから、
今更這い出るわけには行かぬ・・というのです。

これが渋沢の蟹穴なのですが、
それで、500の大企業500の学校、団体を作ったのだから
結構でかい蟹穴です。
蟹穴とはなんでしょうか。

分を知るとはなんでしょうか。
私は人間精神の邪悪さ、
あるいは傲慢さの自覚だと思います。
我々人間は、自分たちが地上の支配者だと思っています。
その人間同士の中で、
多少頭がよいとか、売上が多いとか・・

一番になると「自分は選ばれた人間だ」とか思い上がります。

プーチンは、習近平は、
何を、考えているのでしょうか。
彼らが愚かなのではなく、
人間の本質が邪悪だと思ったほうが良いと思います。
人間の精神は、常に世界の中心に自分をおいています。

自分が安全だと思えば、いくらでも残酷になれます。

自分自身を中心に、全てを自分の思うとおりにしようと考えます。
自分の欲望を満たすためには
邪魔するものは倒しても良いと信じています。

心学とは、
すべての人間は支え合って入るという、
事実を自分の精神に叩き込むことだと言えるでしょう。

戦って勝ち、戦って勝ち、勝ち抜いて地上の王者になったとき。
すべての敵を殺してしまったら・・・
誰一人、かしずくものもいない世界を生きることになります。
どう考えても、何を所有していても、楽しいはずがありません。
心学というのは、自分の傲慢を戒める警告に違いないでしょう。

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