ウクライナ

毎日、テレビはウクライナのニュースを流しています。

ロシアのプーチン大統領は、悪の権化、
ウクライナのゼレンスキー大統領は、
俳優だった時代に演じた「国民の僕」そのままの
正義の味方というイメージです。
ロシアの攻撃はマンション、ビル、学校、テレビ塔、
そして原子力発電所に及び
ウクライナのインフレの制圧を狙っているようです。
プーチンは、仮にウクライナを制圧しても、
国際的な孤立を避けることはできず、
ロシア経済が成り立たなくなるであろうことが予測されています。
彼は狂人には見えないので、
なにか考えがあるに違いありません。
彼が要求しているのは、
ウクライナの「非武装地帯化」と「中立」化です。

ウクライナは、ヨーロッパとロシアの中間に位置しています。

かつて、ソビエトロシアに対抗するため生まれたNATOは、
加盟国をどんどん増やしています。
ロシアとしては、
昔ソビエト連邦の一員だったウクライナが、
NATOの一員となり、ロシアの敵として、
武器を持って対峙するようになるのは
耐えることの出来ない状態だということでしょう。
凡人は経験に学び、
賢者は歴史に学ぶという言葉があります。
似たようなケースはないか考えてみますと、
思いついたのはキューバ危機です。
これを読んでいるほとんどの人は
私よりお若いでしょうから、
知らないだろうと思います。
キューバ危機は、1962年10月22日、
キューバを挟んで、当時のソビエトとアメリカが
核戦争一歩前まで行った事件です。
キューバはご存じの通り、
カリブに浮かぶ島でアメリカのすぐ近く、
その島国が、1959年、
カストロやゲバラ率いる革命軍により共産化しました。
キューバに、アメリカを攻撃できる
ミサイル基地があることを確認したときの
アメリカ大統領ケネディは、
これ以上キューバに、
ソビエトのミサイルが持ち込まれるのを防ぐため
キューバを海上封鎖すると宣言しました。

ソビエトのフルシチョフ首相は、
キューバ基地を強化するため
ミサイルを積んだ戦闘艦が、
アメリカの引いた封鎖線に刻々と近づいてきました。

まさに、一触即発・・
そこで、フルシチョフは、ケネディに会談をもちかけ、
アメリカがキューバに侵攻しない事を条件に、
ソビエトは基地を撤去することとしました。

こうして海上封鎖は説かれ、危機は回避されたのです。
プーチンにしてみれば、
当時のケネディと同じように、
喉元に匕首を突きつけらているように感じ、
何度も警告し、ついに侵攻に踏み切ったということでしょう。
キューバ危機のとき、
アメリカがキューバに侵攻したら、
話し合いで解決するのは、難しかったかもしれません。
ソビエトが、崩壊し30年以上の時が流れました。
それでも人類の対立衝突はやみません。
私には

「西洋の学問は実業の学のみで、
 心德の学がない。
 あれでは行き着くところ、戦争の繰り返し」

と喝破した、横井湘南が思い出されます。

プーチンには、「柔道を学んだ」
などと言わないでもらいたいという気分です。

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