昔、成功者になるには、
3つのTを経験しなければ、人間の底が抜けない
という話を聞きました。
『3つのT』とは、
【投獄】、【大病】、【倒産】の3つです。
これを言った電力の鬼、松永安左衛門は、
俺はそのうち2つを経験したと言ったそうです。
先週の松下幸之助の素直な心と合わせて考えると、
その3つは、ある意味「自分を捨てる」ということに
通じるのだと思います。
無心、無欲と、いい、
勝とう、勝たなければ、というこだわりや焦りが、
失敗を招くことはよく知られています。
実際、私がオフィスマネージャーになったときは、
日本一になろうなどと思っていませんでした。
気がついたら、数ヶ月で、日本で2位になったいたのです。
そこからは、日本一の業績を上げていたオフィスを目標に、
ただ、目の前のことを一生懸命やっていたら、
日本一になっていたというわけです。
負けに不思議の負けなし、
勝ちに不思議の勝ちありといいます。
工夫と努力で勝ち取った、などというほどのことはありません。
世界一になった時も同様で、
気がつけば世界一になっていたのです。
その間、ずっと考えていたのは、
無心、無欲という
どうも、人間としてあるべき姿と、
毎週、毎週、目標を立て、問題をはねのけ、
脇目も振らず、結果に執着し、
戦い続けなければならない、日常の矛盾でした。
目標の実現を成功と言うなら、
無欲とはどう両立するのでしょうか?
無欲は大欲に通ず、とはどういうことでしょうか?
何となく分かるような、
わからぬような数十年を過ごしてきました。
『渋沢栄一92年の生涯』春夏秋冬、全4巻を読了しました。
これから、
彼の人生を支え、常々、講演で語ったことをまとめた、
『論語と算盤』にとりかかります。
自分のための仕事をするのではなく、
それより大きなもののために仕事をする。
そのことに、口先でなく心の底から気づくには、
自分を捨てる体験が必要なのだ
ということを思います。
それが、経営判断に私利私欲を交えれば
必ず失敗するという意味なのです。
渋沢栄一は、投獄も大病も倒産も経験しませんでしたが、
いわば大蔵次官の立場を捨て、
当時、随分下に見られていた、商人の道を選ぶのは
まさに、『自分を捨てる』行動だったに違いありません。
彼は、自己の金銭や栄達のために野に下ったのではないのです。
そして、92年の生涯を閉じるときには、
まさに、『国父』のように送られました。
そのような、心がけを持つ仲間を、
一人でも多く作りたいと思います。
来週は『論語と算盤』についてかく予定です。

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