レイヤーと日本文化

「日本文化が世界を救う」
というキャッチフレーズを使いだして、5年ほどになります。

日本文化が素晴らしいというと、
その比較対象は、フランスだったり、アフリカだったり、
他の国の文化との比較対象になるのが、
普通の考え方だと思います。

それだと、同じ階層(レイヤー)の中で、
どちらが優れているかの争いになります。


私が、日本文化が・・・というときは、
そのように考えているのではなく、
日本文化が世界の中で、世界に貢献出来る、
あるいはしなければならない役割がある、と考えています。

イギリスが国民投票でEU離脱を決め、
トランプがアメリカ大統領に当選したのは、
2016年のことでした。

そこには、『自国中心主義』が現れていました。

重要なのは、これが、ある人の思想心情というより、
国民の過半数が、現状に不満を持ち、
まず、自分の国を優先しようという判断をしたということです。

私はここに、人類の危機を感じました。

石庭で有名な龍安寺に蹲があり(5円玉のような形をしている)
真ん中に、四角の穴があり、
その穴を口と読む、四つの文字

【吾  唯  足  知】

(吾唯足るを知る、と読みます)

これは

 水戸黄門が、寄進したと伝えられ、
お釈迦様が最後に説かれて教えをまとめた
遺教経というお経の一節

『足ることを知らない者は豊かであっても貧しい
 足ることを知る人は貧しくとも豊かである』

ということから、きているといわれています。

仏教発祥の地インドは、今ではヒンズー教の国で
それを日本に伝えた中国は、
今や共産国家で、文化大革命の時代に
古い寺院はなくなっています。

日本にだけ、未だ、
その精神が残っているのではないかと思います。

その『足るを知る』という精神は、わがままを抑え
生かされていることに感謝します。

周囲、環境のお陰で自分があるということに通じます。

自分のことより、人のことを考え、
自分が、より大きな存在のために真剣に働きます。

かつては、藩のため、家のため、
戦前は国のため、戦後は会社のため。

 

自由と民主主義、個人の権利は、
簡単にエゴイズムに結びつきます。

それを放任すれば、欲望を実現するために、
もがき、ぶつかり合い、互いに主張し、争いは絶えません。

人類のために、日本人ができることがあるはずです。

それがもう一つ上の「階層」のために
自分の存在は意味を持つということだと思います。

 

 次週は無心と経営について書いてみます。

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